出張中だった呉氏の代理として出てきたのが、華氏だった。初対面だったが、席につくなり華氏は「申し入れをしたい」と抗議文を強い口調で読み始めたという。30分ほど黙って聞いていた垂氏だったが、抗議が終わるとこう切り出した。
〈「華春瑩さん、初めてお目にかかります。まずは最近、部長助理に昇進されたことを、お祝い申し上げたい」
抗議をする場合でも、挨拶や雑談から始めるのが、外交上の礼儀です。彼女は途端に「マズい」という表情をしました。一転して、「このような場でありますが(お祝いしていただき)、ありがとうございます」と居住まいを正した。これで、力関係が決まったのです。私はこう続けました。
「私が面会を申し込んだときは逃げるだけ逃げて、自分が会いたい時は『すぐに来い』と呼び出す。これが貴国の礼儀のあり方ですか」〉
国益に基づき、言うべきことはハッキリと言う
習近平氏の一強体制と言われて久しい中国。それに伴い、各国との外交において数多くの課題が顕在化してきた。日本をはじめ、北京に駐在する各国の外交官にとっては厳しい環境が続いている。だが、垂氏は外交官として持ち続けてきた信念についてこう語る。
〈大使在任中は、いわば敵陣にいるわけですから、理不尽な目に遭うことが多々ありました。それでも、国益に基づいて、中国に対して言うべきことはハッキリと言う。それだけは常に心掛けてきました〉
人呼んで「中国が最も恐れる男」
垂氏は京都大学を卒業後、1985年に外務省入省。天安門事件から4日後の1989年6月8日に初めて駐中国日本大使館に赴任し、以来、北京駐在は4度にわたった。2020年9月から駐中国大使を務め、昨年12月に外務省を退官した。交友関係は中国共産党の中枢に加え、民主派・改革派の知識人や人権派弁護士にまで及び、中国の裁判所で「スパイ要員」と認定されたこともある。人呼んで「中国が最も恐れる男」である。
さらに垂氏は、昨年11月に日中首脳会談が実現した経緯や、習近平体制で中国の統治システムがどのように変化していったか、日本は対中外交をどう進めていけばよいのか、などについても詳しく明かしている。短期集中連載「駐中国大使、かく戦えり」1回目の記事全文は、月刊「文藝春秋」2024年2月号(1月10日発売)と、1月9日公開の「文藝春秋 電子版」に掲載されている。
【文藝春秋 目次】睡眠は最高のアンチエイジング 日本が誇る国際研究機関のリーダーが快眠ノウハウを一挙公開!/垂秀夫「駐中国大使、かく戦えり」/大アンケート 私の昭和歌謡ベスト3
2024年2月号
2024年1月10日 発売
1000円(税込)