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三浦瑠麗が語る「感動の涙を醜いと思ってた」中学時代

国際政治学者・三浦瑠麗さんインタビュー ♯2

理解不能だけれども手を差し伸べるということ

──三浦さんが中学生のときに木工教室で感じた絶望は、その後の三浦さんの思想にどんな影響を与えたのでしょうか。『日本に絶望している人のための政治入門』の冒頭で、三浦さんは「自分の政治に関する思想を貫くものは何かと考えたときに、一つ選ぶとしたら、それはコンパッション(Compassion)だと思う」と言っています。

三浦 コンパッション──辞書を引くと哀れみ、思いやり、同情、共感などと訳されるようですが、ちょっとニュアンスが違います。他者の立場に寄り添って同情するだけでなく、そのうえでもっと大きな全体最適に向けて考えること。実践しようとすると、もっと激しくて、熱いものです。

 なぜそんな熱い気持ちを差し出そうと三浦は思うのか。そこが胡散臭いと瞬間的に思う人はいるでしょう。なぜ、そこまでするの、と。コンパッションには同時にセットになっている裏側があります。実は、それこそがコンパッションを持たなきゃいけない理由なんですが、それは、人間が本質的に相互に理解不可能だということ。絶望的に理解不可能だからこそ、コンパッションみたいな必死なものが必要なわけです。理解不可能だけれども私はあなたに手を差し伸べますよ、っていうのがコンパッションなんです。そもそもお互いの存在が理解不可能であることを忘れて「俺のこの気持ちに共感せよ」と迫ってくるレベルの寄っかかり具合は、気持ち悪くて耐えられません。

三浦瑠麗さん ©榎本麻美/文藝春秋

ダサくて、モテもせず、ブサイクなんてさんざん言われてた

──三浦さんは著書の中でこんなことも言っています。「政権の偉大さとは、その国がもっている『くびき』を乗り越えるための努力をどこまでできるかということではないかと思っている」。では、今の日本における「くびき」とは何かといえば、「くびきを意識させない気風、ある種の一体感信仰ではないか」と問題提起し、「一体感を損なう、空気の読めない行動や言説への反発と制裁には実に激しいものがある」と書かれていますね。

三浦 私自身が集団の中ではずっと異分子でした。今はテレビの中で化粧をして、好きな服を着ていますが、学生時代はもっと全然ダサくて、モテもせず、ブサイクなんてさんざん言われていましたし、コンプレックスも抱えていましたから。私の昔の写真を見ると、今と眼差しが違うと思います。

 今も私に対して、はじき出したい、分類したいっていう思いを持つ人がいるんだと思うんです。分類不能で、自分の今まで把握していた箱のどれにも入らない。だから、一生懸命自分の知っている箱に入れようとするけれども、すぐにポンッと出てきちゃう。今も何かと炎上しがちなのは、そういうところで人の感情を逆撫でする部分があるのかもしれません。