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三浦瑠麗が語る「感動の涙を醜いと思ってた」中学時代

国際政治学者・三浦瑠麗さんインタビュー ♯2

小室哲哉さんの音楽もよく聴いていました

──高校は受験して県立湘南高校に入学された。石原慎太郎さんや、外交評論家の岡本行夫さんの後輩にあたるわけですね。

三浦 卒業生には有名人も多いのですが、バンカラな校風で明るい人が多いですね。地元の平塚から1時間15分くらいかかるのですが、いじめっ子たちと一緒にならないように学区外の高校を選んで受験しました。3分の1休んでしまうと赤点になって卒業できないですから、3分の2は出席できるように注意しつつ、授業をサボって江の島で一人でぼーっとしたりしていました。先日、私は小室哲哉さんの不倫問題に絡んで『週刊文春』をバッシングしましたが、小室さんの音楽もよく聴いていました(笑)。高校時代はずいぶん楽になって、いじめもあまりなかったですね。

──高校生になると読書の傾向も変わったんですか。

三浦 日本の女性文学者の小説を読むことが多くなりました。幸田文さんがすごく好きになってしまって、宮尾登美子さん、有吉佐和子さん、岡本かの子さんなどの「女の悲しみ」系の小説もよく読んでいました。

──大学は東大の理科一類に入学、農学部生物環境科学課程に進学されました。なぜ農学部だったんですか?

三浦 うちは余裕はなかったのですが、兄や姉が浪人して私大に行ったので、「瑠麗ちゃんだけは国立に行ってもらわないと。留年も浪人もできないからね」と親に言われていたんです。それで一番受かりやすいと思った理系で受験しました。歴史の暗記がぜんぜん間に合わないので。

勉強して東大に入っても、そこに居場所はなかった

──東大に入ったら、同質な人間が集まって楽になったかと思いきや……。

三浦 ぜんぜんダメでしたね。まず男女関係の雰囲気が嫌だった。男子校出身者は口も利いてくれなかったですし。理系だったのでクラスに女子が2人しかいませんでしたから、教室に入ると一斉にこっちを見られるのが苦痛でした。

 当時、東大の学生でAVに目隠しして出た子がいたんですが、「あれ、濱村じゃね?」と言われたりして、「あ、この子たちダメだ。女性に対する接し方を知らないだけじゃなくて、女には母親か娼婦しかいないと思ってる」と失望しました。それで教養の授業で文系のクラスも取るようになったのですが、夫とはそこで出会いました。

三浦瑠麗さん ©榎本麻美/文藝春秋

──三浦さんもご両親と同じく学生結婚されました。ご主人との出会いというのは大きかったですか。

三浦 私たちはベストフレンドだったので、あんまり男女の関係っていうような恋愛じゃなかったんです。初めて女じゃなく、ちゃんと人間として見てくれる人に出会ったと思いました。結婚して落ち着いたっていうのはすごくあると思います。一番私と争おうとしない、張り合おうとしない人です。

 同じ頃にもう一つ出会いがあって、それが今の仕事でもある国際政治学との出会いでした。

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※論壇の“異分子”三浦瑠麗が告白「私は人間失格だ」と思ったとき──国際政治学者・三浦瑠麗さんインタビュー ♯3に続く http://bunshun.jp/articles/-/6817

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三浦瑠麗さん ©榎本麻美/文藝春秋

三浦瑠麗(みうら・るり)

国際政治学者。1980年神奈川県生まれ。東京大学農学部卒業。東京大学公共政策大学院修了。東京大学大学院法学政治学研究科修了。博士(法学)。専門は国際政治。現在、東京大学政策ビジョン研究センター講師。主著に『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『「トランプ時代」の新世界秩序』(潮新書)、『日本に絶望している人のための政治入門』(文春新書)、『国民国家のリアリズム』(角川新書、共著)。2017年12月、第18回正論新風賞を受賞。

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