情夫を絞殺して陰部を持ち去った“阿部定事件”、世紀の完全犯罪“三億円事件”……。昭和に起きた数々の怪事件にはなんともいえない不穏さ、不安定感を覚えてしまう。今までは自分がまだ生まれていない未知の時代の話だからだと考えていた。しかし、『昭和怪事件案内』(ドリヤス工場著)を読むと、その“不穏さ”の正体がはっきりと見えてきた。

 本作『昭和怪事件案内』は、その名の通り64年にわたる昭和の御世に起きた怪事件をまとめたマンガだ。物語は、とある新人男性記者・小平と先輩女性記者・昭島がコンビを組み、来る昭和100年(2025年)記念特集ページのために、昭和の時代に起きた怪事件の真相に迫るというところから始まる。

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 作中に登場するのは、「阿部定」「津山三十人殺し」などの猟奇事件から、世紀の完全犯罪として今でも語り継がれる「三億円事件」、そして「口裂け女」「エリマキトカゲブーム」などの珍事件まで、昭和を彩った、いや騒がせた有名すぎる怪事件たちが並ぶ。

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 事件は当時の報道や後世の検証など膨大な資料から抽出された“濃い”情報をもとに描写され、小平と昭島のテンポの良い掛け合いが加わる。本作を読んでいると、ネットで調べた時とは一味違う、各事件の輪郭がくっきりと浮かび上がってくるような感覚になる。

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 つまり、日常では決して得ることのない、ちょっと尖った知識欲が満たされるような面白さがある。それと当時に“昭和”の怪事件が放つ得体のしれない不気味さの正体を見た気がした。

 昭和の怪事件の一番気味が悪いところは、どれもこれもセンセーショナルな事件のわりに、結局のところ全てが“はっきりしない”という点だ。現代のようにインターネットはおろか、出版技術もそこまで栄えていない時代。当時の情報の不確実性もさることながら、現存しているデータも、専門家が導き出した結論や答え……言葉を選ばずにいえば全てが中途半端で、それゆえに気味の悪さが残る。

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 もちろん平成、令和にも情報が不足している事件はもちろん、未解決事件が多数存在する。でも、やっぱり昭和という時代ならではの情報の“粗さ”が、センセーショナルな事件に一層不穏と恐怖をプラスしているように思う。『昭和怪事件案内』に限っていえば、水木しげるを彷彿させる画風が特徴の著者の筆致が、その不穏さをさらに盛り上げているようにも感じるが……。

 他の時代からは決して得られない、独特の薄暗さがある“昭和”の怪事件の世界。ぜひ足を踏み入れてほしい。

昭和怪事件案内

ドリヤス工場

文藝春秋

2024年1月23日 発売

文豪春秋

ドリヤス工場

文藝春秋

2020年6月12日 発売