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「あれは狐か狸の仕業だ」

 石井 『山怪』は累計30万部超の人気シリーズですが、なぜお書きになろうと思ったのですか?

 田中 私は佐世保出身で、もともと山には疎かったんです。カメラマンとして狩猟をテーマにした写真を撮るために、猟師と山に入るようになりました。マタギの里の秋田県阿仁地方(現・北秋田市)にも通いましたが、彼らは夜、囲炉裏端で延々と宴会をする。そこでぽつり、ぽつりと不思議な話が出てくるんです。大蛇が出たとか狐火を見たとか。他の地域でも色々と話を聞くうちに、本格的に調べようと思ったんです。

田中氏 ©文藝春秋

 三上 大学時代はワンゲル部でしたが、山ではよく幻覚を見るんですよね。特に下山するときが危ない。帰りで、暗くなっている時間帯ですから。去年も取材で岐阜の山に行ったのですが、日没になって遭難してしまったんです。頑張って下って行くと、遠くに鉄塔が見えた。そこまで行けば大丈夫だと思って進んで、ようやく辿り着いて、「鉄塔だ。助かった」と思ってよく見たら、単なる木。まだまだ山の中だった……。

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 綿矢 いまの鉄塔のお話も『山怪』の山人の不思議な話も理由はよく分からないですよね。「実はここで殺人事件が……」とか「住職によるとこの木が呪われていて……」と、原因が明かされる怪談もありますが。

 田中 ええ。怪談にはよく起承転結や因果応報などがありますが、『山怪』は、山という自然の中に人間が入って、変な経験をするだけ。

 綿矢 怖いは怖いのですが、人の情念などが絡んでいないので、不思議と癒される話が多い気がします。

 田中 昔は人々の暮らしと山が直結していました。落ちている枝や松葉を拾い集めて燃料にし、食料として木の実やキノコを採集する。「怖いから、変なものがいるから山に入らない」ということは出来ないんですね。そこで山の長老たちは「あれは狐か狸の仕業だ」と後づけで納得するわけです。そういう思考法が、山人の間で根付いています。

 三上 タブーを作って身を守る方法もありますよね。例えばAというものを持って行って遭難したら、「Aを持って山に入ってはならない」。7人で山に入って酷い目に遭ったら「7人では絶対にダメだ」と。科学的には何の根拠も無いけれど、そうやって安心感を得ようとする。マインドコントロールの一種です。

 綿矢 正体が分からないだけに、タブーを作っていくことで、精神的に防御するんですね。

 石井 岸信介氏が巣鴨プリズンに入り、絞首刑になるかもしれないという状況で書き残した手記があります。一体何が書かれているのかと、興味津々で読んだら子供時代に「狐に化かされた」「狐火を見た」といった話が生き生きと書いてあって、理知的な岸が? と、驚きました。

 三上 それもマインドコントロールでしょう。現在から近い記憶を書き留めると、全部、今に繋がってくる。でも子供の頃のことは、現在の状況に直結はしない。あえて遠い記憶を思い出すことで、自分自身の精神を安定させたのだと思います。

テレビの過剰な演出を楽しむ

 田中 私の世代では『お昼のワイドショー』(日テレ)が夏などに放送していた「怪奇特集!!あなたの知らない世界」のコーナーが人気でした。視聴者が体験した恐怖・心霊体験を、再現ドラマや取材などを交えて検証するという構成で。

 三上 『笑点』の立ち上げにも関わった放送作家の、新倉イワオさんが担当されていました。番組制作にあたっては、かなりガチンコでリサーチをしていたそうです。

 田中 心霊写真も扱っていました。かなり不鮮明なものもあった気はしますが、そこが面白かった。

 石井 私世代の番組と言えば「川口浩探検シリーズ」(テレ朝)。俳優の川口浩さんが隊長としてアマゾン、ガダルカナル、オーストラリアなど世界各地の秘境へ、UMAや猛獣などを探しに行く。隊員が罠にかかったり、蛇に噛まれたりと、その過剰な演出も含めて楽しめました。

 綿矢 秘境の少数民族が、腕時計をしていたことがあるとか(笑)。

 三上 嘉門達夫さんの「ゆけ!ゆけ!川口浩!!」という歌も流行りました。「川口浩が洞くつに入る〜」という歌い出しで、未開の地のはずなのにタイヤの跡があったり、洞窟に何かで磨いたような白骨があったことをネタにした歌詞です。

 綿矢 私の時は『世にも奇妙な物語』(フジ)が全盛期でした。タモリさんがストーリーテラーで、都市伝説・怪談・心霊現象など、様々な題材をドラマ仕立てで紹介する。

 三上 いまも特別編が放送されている、大ヒットシリーズです。

 綿矢 超常現象からは少し離れるかもしれませんが、糸井重里さんが徳川埋蔵金を探していたのも記憶に残っています。

 石井 1990年から、TBSの『ギミア・ぶれいく』内で何度も放送された大人気企画でしたね。

 綿矢 超能力者が出てきて、最終的に埋蔵金が埋まっているのは群馬県の赤城山のあたりだと特定。結局、掘ってみても何も出てこなかったのですが、お金かけているなぁと思って見ていました。

 三上 あれ、実はそんなにお金はかかっていないと思いますよ。

 綿矢 そうなんですか?

本記事の全文は、『文藝春秋』2024年2月号と『文藝春秋 電子版』に掲載されています( 三上丈晴×田中康弘×綿矢りさ×石井妙子「超常現象は楽しい!」)。