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「あっと驚いたのち、膝を打つ」古代中国の法則で邪馬台国論争に一石を投じる画期的新説

 3世紀の日本で卑弥呼を女王とし、強大な勢力を誇っていた邪馬台国はどこにあったのか? 畿内説と北九州説の間で長らく論争が続けられてきた。

まったく新しい角度からの新説

 手がかりは中国の歴史書『魏志』倭人伝。そこには中国から邪馬台国に至るまでのルートが記されているのだが、解釈次第で畿内説と北九州説、どちらも成り立つ。遺跡や遺物の新発見によって、その場所を特定するには、当時、魏から卑弥呼に贈られたという金印が出てくるか、「邪馬台国はここにありました」と記された遺跡や遺物が出てこない限り、難しい。

 そんな解決不能に陥ってしまった問題にまったく新しい角度から答える新説を発表した歴史学者がいる。

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 武蔵大学教授の桃崎有一郎氏だ。

桃崎有一郎氏 ©文藝春秋

 桃崎氏の専門は中世史。

 なぜ、古代の邪馬台国についての新説を発表しようと思い立ったのか? 

古代中国の法則がキーポイントに

 桃崎氏は、中国から日本に伝わった「礼」の研究をするうちに邪馬台国がどこにあったかを特定するための新たな手がかりを発見したからだ、と語る。

「私が見つけたのは、古代中国では一般的な法則である。その法則は日本にも導入されたが、そのこと自体にも、それがどれほど重大かも、気づいた専門家はいないようだった。『魏志』倭人伝の行程記事に微塵も依存せずに、邪馬台国論争を解決へ導ける文献史料。そのような、まず見つかるまいと思っていた鍵が、もしかしたら私の手元にある」

 桃崎氏はその手がかりを使って難問を解いていくのだが、これ以上はネタバレになるので、答えを書くのは控えたい。ここでは難問に挑む前に知っておくべき基礎知識を紹介しておこう。

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