「これまでの歴史が証明しているように、新薬開発のレベルになったら恐らく合成になります。これまでハーブだったものを合成して医薬品とするわけです。その時、果たして大麻栽培者は続けていけるのか否か。そういう時代がいずれ来るでしょう」

 一方、日本では今はまだそのようなエビデンスの積み上げはない。急に降って湧いたように、てんかん治療に役立つから解禁しようという流れが起きた。このようなことをふと漏らすと、教授はこう語り始めた。

「タイでは突然自由化になったわけではありません。10年以上、政権がいろいろ代わってもずっと話し合われてきたことです。その背景は、使用している人がいたからです。闇市で隠れて栽培していました」

 面白い事例として教授はこんな話をした。タイには伝統的薬草のクラトムという植物がある。葉は食べると苦い。このクラトムも実は麻薬の一種で禁止されていた。しかし、マリファナなどに比べ、捕まっても罪は軽かったという。パトゥムターニーというバンコクの北にある県がクラトムの産地で、この県から入院した患者が隠れてクラトムを持ちこみ食べていた。それがバレても警察は捕まえないし、病院も咎めなかったという。このように、タイでは古くから薬草が日常生活の中にあったというのだ。

タイでは古くから薬草が日常生活の中にあった
タイでは古くから薬草が日常生活の中にあった

「タイの解禁の状況と、日本の解禁の状況は随分違う性格を持っています。その意味において、日本は決定的に経験が浅いと言えるのではないでしょうか。裏返すと、タイには経験がある。違法だとしてもあったわけです。日常的に染みついていたもので、解禁になっても付き合っていける、向き合っていける下地があったということ。なので、日本が解禁になってからどうなっていくのか、イメージが湧きません」

 製薬化の部分では厳格なエビデンスを求めているものの、国民性や国の歴史によって大きな違いがあるとの教授の弁だ。ちなみに、教授はこうも付け加えた。

「タイでは電子たばこは絶対ノーです。でも、日本では普通じゃないですか。この感覚が似ているのかもしれません。日本では大麻は何が何でもネガティブ。タイでは電子たばこは何が何でもネガティブです。それくらいの価値観の違いかもしれません」

 政治がルールを決め、共存していく。どの国にせよ、法整備によって社会全体で付き合っていくということが重要なアプローチだと教授は語る。

 医師だけでなく、民間療法を行っている人たちにも話を聞くことができた。フローレスト・ウェルネスのジャトゥラポーン・ジュンパワットオーナーと、ナタポーン・コマナシンCEO。2人は母子である。

フローレスト・ウェルネス ジャトゥラポーン・ジュンパワット氏(オーナー)
フローレスト・ウェルネス ジャトゥラポーン・ジュンパワット氏(オーナー)

 同社はフローレスト・クリニックを運営している。同クリニックは、タイ東北部のナコーンラーチャシーマー県、“タイの軽井沢”と呼ばれるカオヤイにある。クリニックとカフェが併設され、1日100人弱の富裕層が訪れるという。目的は「健康の提供」だという。気軽にカフェに訪れた客は、クリニックがあることに目が行き、さまざまな症状に対応して健康法や処方箋を勧められるというものだ。

 不眠症治療や頭痛や肩こりなど人の悩みは多種多様で、メディカルハーブを原料とした塗り薬や漢方薬などを同社では独自配合で作っている。その中に、CBDから抽出したオイルも配合している。オーガニック由来のものばかりで作られたものは、リラックス効果や鎮痛効果があるという。

 中には娯楽用大麻を求めてくる客もいるが、同クリニックにはない。それでも、健康のために勧められ、いつの間にかリピーターになった客もいるという。

 タイでの医療従事者の現状、民間療法の現場、さらに農村再生に向けた民間企業の動きを駆け足で追った。現在、タイでは大麻の娯楽目的の使用について規制がされようとしている。何が良く、何が悪いのか。まだまだ議論の余地があるということか。とはいえ、全てがバラ色の未来ではないにしても、活気あるタイでそれぞれが躍動している姿が垣間見れた。

フローレスト・ウェルネス ナタポーン・コマナシン氏(CEO)
フローレスト・ウェルネス ナタポーン・コマナシン氏(CEO)

 一方、日本ではその後、2023年12月6日、臨時国会の参院本会議で大麻取締法改正案が可決、成立した。1948年に施行された大麻取締法が75年ぶりに改正された。

 改正のポイントは①これまで大麻草を原料とする医薬品の投与や服用を禁じていたが、有効性と安全性が確認されて薬事承認されれば使用、投与が可能となった。一方、②大麻は所持・譲渡が罰則対象になっていたが、使用には罰則が無かった。改正法では大麻を「麻薬」と位置付け、使用も罰則対象とし、「7年以下の懲役」とした。さらに、③伝統的な大麻栽培の見直しだ。神事のしめ縄などに利用される栽培については都道府県知事による「第一種大麻草採取栽培者免許」、医薬品の原料としての栽培には厚生労働大臣による「第二種大麻草採取栽培者免許」で栽培が可能となるというもの。

 果たして、今後日本が辿る道はどのようになっていくのか。今後も注目していきたい。