驚いたのは、西田をおびき出すエサとして送り込んだサオリが、このカッコ悪い男を本気で好きになったみたいで、「まこさん、この人、許してやってください」などと寝ぼけたことを言っています。「お前は黙っとれ」と一喝し、西田の顔に私の顔をキスできるくらいまで近づけ、「あんたの命は助けたるけど、条件がある。あんたが自慢の45口径を子分に持って来させろよ。簡単だろ」とスゴみました。
ヤクザの稼業とは、一寸先は闇なのです。少しでも油断したら、反目(対立している)の人間や恨みを持っている人間にやられます。私は若いころから男相手にケンカの場数を踏んでいましたから、相手がどのような人間でも、決して引くことはありませんでした。
私はヤクザとしての稼業を性別の意識なくやっていたのですが、あるとき、「女のヤクザっていないんだ」という事実を知ります。少なくとも当局が認めた女ヤクザがいなかったと表現するほうが正しいかもしれません。
「あんたが日本初だから、こんなに時間かかるんよ」
これは刑務所内で「ヤクザの脱退届」を書いたときのことです。独居房から連れ出されて調べの部屋に入ると、金筋(制服に金筋が入っている刑務官の幹部を指す)が待っており、一枚の紙が机に置いてあります。
「あなたは暴力団組員なので、脱退届を書かないと仮釈(仮釈放)もらえないけど、どうするね」と聞いてきました。
私は親分が「仮釈もらって早く帰れ」と言ってくれたのを思い出し、ひと言、「はい、書きます」と応じました。じつは、ここで応じたため、この金筋を慌てさせてしまったのです。脱退届は、たかだかA4一枚の用紙です。そこに簡単なことを記入するのです。
金筋が「そこはそう書いて、こう書いて」と指導しますが、すぐに戻ってきて、「ここ書き直して」と何度もやり直しをさせられました。最後には「あんたが日本初だから、こんなに時間かかるんよ」と、いやみを言われました。