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得体の知れないものに身を浸す「勇気」

 

 ケリス・ウィン・エヴァンスが設え直したことによって、「天国」の空気は、いつもとは明らかに違ったものへと変質した。

 空気の質が変わったというのは体感であって、言葉にすれば「いつもより華やかだね」くらいのことになってしまう。ましてや報告書風に、

・手を入れる前と手入れ後の、変化の度合いは何パーセントに達するか

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・効果のほどは? 好印象度が何割アップしたか

・光の柱を立たせ松の木を寄り添わせることの意味に関する明確な説明は

 などと問い詰めても、答えは出てこない。数値で測れる類の話ではないのだ。

 ただただ、体験の質が変わった。たしかに言えるのはそれくらいだ。なのでここはひとつ言葉に頼らず、あれこれ考えずに、自分自身の感覚に耳を澄ませてみるのが正しい。

 

異なる価値体系が支配する世界もある

 頭をフル稼働させ筋道を立てて考えることに慣れきったわたしたちは、目の前にあるものの意味や意義がはっきりしないと不安でたまらない。でもたまには、うまく言葉にならぬ得体の知れないものや場所に身を浸し、感情が揺さぶられるままに時間を過ごしてみるのもいいのでは?

 ふだんの生活とは異なる価値体系が支配する世界もあるんだ。そう気づくだけでも大きな収穫。ただ難解ぶってるだけに見える現代アートも、そんな気づきをもたらしてくれるのだとしたら、なかなか貴重な存在に思えてくる。

 ウェールズ生まれのケリス・ウィン・エヴァンスが草月プラザで展開している個展は、そのあたりをひじょうにわかりやすく伝えてくれる。彼はこれまで文学や天文学、物理学などで用いられるテキストを引用したり、光や音を使って作品を生み出してきた。作風は多岐にわたるけれど、異物を持ち込んだり思いがけない事物をぶつけ合ったりすることで、凝り固まった世界の見え方を変容させんとする意図は持ち続けてきた。

 ケリス・ウィン・エヴァンスが東京赤坂に創り出した、場所が呼吸する音まで聴こえてきそうな空間で、現代アートの真髄を体感してみてはいかがだろう。