20万人が命を落とした沖縄戦。いまも沖縄の地には、民間人、日本軍兵士、米軍兵士、朝鮮、台湾出身者等の遺骨が多数収集されずに埋まっている。40年以上にわたりその遺骨を掘り続ける男を追ったドキュメンタリーが、6月23日沖縄戦終結の日を前に公開される。

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「子どもかなあ」見つかった細い骨と乳歯

 俺たちは戦ったんだよ。米軍と、沖縄で。この地に骨をうずめ、“英霊”と呼ぶ人もいる。そんな俺たちの骨と肉と血が染みついた土を米軍基地の埋め立てに使うって?  それがこの国の慰霊なのかい?

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 沖縄戦の戦死者ならこう嘆くだろうか。日本軍兵士だけではない。沖縄の住民も、朝鮮や台湾の出身者も、米軍の兵士も、沖縄戦の戦没者は約20万人にもなる。本島南部の激戦地を中心に今も3000人近い遺骨が収集されず眠っているとみられる。

沖縄戦当時、米軍が撮影したフィルム ©Okuma Katsuya, Moolin Production, Dynamo Production

 その遺骨を40年以上もコツコツと掘り続けてきた人がいる。具志堅隆松さん(70)。自らをガマフヤーと呼ぶ。ガマは沖縄の言葉で洞窟、フヤーは掘る人。

 沖縄戦では、米軍の圧倒的な砲火を逃れようとガマに逃げ込んだ住民や兵士が大勢犠牲になった。映画は冒頭から真っ暗なガマの中で、額に付けたライトを頼りに遺骨を探す姿が静かに描かれる。

 見つかる遺骨は白というより茶色だ。「骨に土の色が染まってる」と言う。細い骨が出てくると「子どもかなあ」。そばから乳歯がみつかり「やっぱり子どもだね」。近くにかんざしもあった。「お母さんと一緒だったのかな」。亡くなった人たちの姿に想いを馳せる。

具志堅隆松さん ©Okuma Katsuya, Moolin Production, Dynamo Production

 小銃で自決したとみられる兵士の遺骨。右足の靴が見当たらない。

「引き金に手が届かないから、右足を裸足にして親指で引き金を引いたんでしょうね」

 掘ってもなかなか見つからないこともある。もうやめようかという頃に茶碗のかけらが出てくる。

「人の痕跡がある。まだ下まで探さないと」