2006年4月10日、都内の閑静な住宅街で一つの「事件」が起こった。その日、不審死を遂げた安田種雄さん(享年28)は、木原誠二前官房副長官の妻X子さんの元夫である。事件当時、X子さんは「私が寝ている間に、隣の部屋で夫が死んでいました」と供述したという。通称「木原事件」と呼ばれるこの“怪死事件”を巡り、1人の元刑事が週刊文春に実名告発をした。
「はっきり言うが、これは殺人事件だよ」
木原事件の再捜査でX子さんの取調べを担当した佐藤氏は、なぜそう断言するのか。実名告発に至った経緯とは——。ここでは、佐藤氏が「捜査秘録」を綴った『ホンボシ 木原事件と俺の捜査秘録』(文藝春秋)より一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く)
◆◆◆
実名告発した理由
なぜ俺は実名で告発することにしたのか。その理由は、文春の記者が書いた、記事の次の記述に尽きる。
少し長いが、記事から引用したい。
〈佐藤氏に電話で再三協力を呼びかけたところ、深い溜息の後、感情を吐露したのだ。
「警察庁長官のコメントは頭にきた。何が『事件性はない』だ。あの発言は真面目に仕事してきた俺たちを馬鹿にしてるよな」
佐藤氏が言及したのは、その数日前の7月13日に開かれた、露木康浩警察庁長官の定例記者会見のこと。露木長官は、種雄さんの不審死について、こんなコメントを残していた。
「適正に捜査、調査が行われた結果、証拠上、事件性が認められないと警視庁が明らかにしている」
佐藤氏は一呼吸し、吐き捨てるように言った。
「事件性の判断すらできないのか。はっきり言うが、これは殺人事件だよ。当時から我々はホシを挙げるために全力で捜査に当たってきた。ところが、志半ばで中断させられたんだよ。それなのに、長官は『事件性が認められない』と事案自体を“なかったこと”にしている。自殺で片付けるのであれば、自殺だっていう証拠をもってこいよ。(文春の)記事では、捜査員が遺族に『無念を晴らす』と言っていたが、俺だって同じ気持ちだよ」