デビュー作『サイレント・ブレス』で終末期医療の在り方を問い、静かな感動を呼んだ南杏子さんは現役の医師でもある。第2作も病院を舞台に、現役だからこそえぐり出せる医療現場のリアルを提示している。今回のテーマは患者と医師の信頼関係で、モンスター・ペイシェントが登場する。この題材を描くには数多くの葛藤があったという。

『ディア・ペイシェント』(南杏子 著)
『ディア・ペイシェント』(南杏子 著)

「1作目で、終末期医療で医者が患者の命を縮めるかもしれない処置をするエピソードを書きました。そのときは現役の医師がこんなことを書いていいのか、読者から反発を受けるのではないかと、いろいろ考えて夜も眠れなくなったんです。でもいざ蓋を開けてみると、『この小説に救われた』という声をたくさんいただきました。もしかして私は一般の読者を見くびっていたのではないか、もっと読者を信じて自分の思うところを小説にぶつけてもいいのではないか、と反省したんです。今回“モンスター・ペイシェント”を描くと決めたときも、患者をクレーマー扱いしている高飛車な女医と思われるのではという懸念がありました。しかし、自分の立場を守って当たり障りのないことを書くよりは、私が知り得たことを多くの人と共有する方が、よっぽど世の中の役に立つのではないかと思いなおし、腹を括って書き上げました」

 主人公は川崎市の佐々井(ささい)記念病院に勤める35歳の医師・真野千晶(まのちあき)。彼女は日々膨大な数の患者の診察に追われていた。その千晶の前に、執拗な嫌がらせを繰り返す座間(ざま)という“モンスター・ペイシェント”が現われる。患者の気持ちに寄り添いたいと思う一方、座間をはじめとする患者の様々なクレームに千晶は疲弊していく。

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「私が医師になった20年くらい前は『医療側のペースで治療を進めちゃっていいよ』と言う先輩医師もいましたが、近年、サービス業的な色合いがどんどん濃くなってきたと感じています。佐々井記念病院でもそうですが、“患者様”という呼び方をする病院が多くなりました。それにともなって患者さんの“ご要望”が増えたかなと(笑)。でも、文句を言ってくれるうちはありがたいんです。本当にその病院が嫌なら来なくなってしまいますから」