ファン宅をサプライズ訪問したが……
——『ザ・ベストテン』の中継では、サプライズで愛知県犬山市のファン宅を訪問したところ、まさかの留守。その留守宅の前で犬に吠えられながら「恋人達のペイヴメント」を歌ったという「犬山事件」(1984年)もありました。
高見沢 その日が誕生日だというファンの家に行ったら、犬しかいない(笑)。
桜井 しかも、電源車の電力が足らなくなって、用意していた演奏のオケのテープがかからない。電圧のことを考えないでライトをパッと……。
高見沢 焚いちゃった。
桜井 内緒のロケだからリハーサル無しで、本番でいきなりライトを点けたんだよ。そうしたら、電気が足りなくてテープが回らなくなった。だから、音声さんが手で回してた。それに合わせて歌ったんだから、俺ら偉いよね。
高見沢 よく歌えたよなあ。ボヨ~ンと鳴っているオケでバラードの「恋人達のペイヴメント」。最後は、さすがに「バカやろう」って言ったもんな。犬に向かって(笑)。
桜井 言ってた、言ってた。坂崎が「接触が悪いのかな」って、一生懸命機材を直してるところも映ったんだよな。
坂崎 みんな必死。しかもリクエストしてくれた子はいないし。サプライズでも家族にくらいアポ取っておけよって。
高見沢 「行きますよ」ぐらいは言えばよかったのに。すごいテレビ番組だったよね。先輩のバンドはテレビ中継を拒否していたらしいよ。「俺らも拒否していいんだよな」と思ったんだけど……。
坂崎 断り切れなかった。
高見沢 出演して「これで済んだな」と思ったら、一度出ると、ほかの番組も断れなくなった。
桜井 『NHK紅白歌合戦』まで出ることになっちゃって。
高見沢 最初はテレビに出ることも、僕たちは不本意でしたからね。
坂崎 僕らはヒット曲なしで武道館のステージに立ったライブバンド。だから、もう、「シングルヒットはいらないかな」とか思ってた。
高見沢 「シングルヒットなんかもうできない」と、諦めてました。
坂崎 そもそも、ヒットした「メリーアン」は、ポニーキャニオンのディレクターがシングルに選んだ曲だったしね。
高見沢 そう、そう。アルバム用に作った曲を、シングルとして出したんだよ。「メリーアン」の前に出した「暁のパラダイス・ロード」がヒットしなかったから、「もういいや」って思っていたんだけど。
テレビみたいにメジャーなところじゃなくて、ライブバンドとして地道にやっていこうと思っていた。ところが「シングルヒットは狙わない」と思った途端にヒットするでしょ?
坂崎 これも遠回りなんですよ。
高見沢 諦めたときにヒットする。狙っているとできない。人生ってわからない。
桜井 お前の気持ちも分かるよ。だって、ポニーキャニオンでは3カ月に1枚ずつ出して、4枚出したわけじゃない? だから、プロモーションのために日本全国を4周も回った。当時の社長だった羽佐間重彰さんまで応援してくれて、必死に曲を書いていたのに駄目で、もういいよと諦めたら、自分たちで選ばなかったシングルが売れちゃうんだから。
高見沢 「えー!?」という気持ちだよね。びっくりしましたよ。
坂崎 その当時、『ザ・ベストテン』とか、『ザ・トップテン』(日本テレビ)とかに出られたのもファンのリクエストが多かったからなんです。ハガキがたくさん来るんだよ。レコード売上のランキングはもう下のほうに落ちているのに、リクエストが1位とか2位だから、ランキングのトップ10に入る。
桜井 当時のテレビ番組のランキングは、売上だけでなくて、リクエストも加味されていたからね。芽が出ないかもしれない種を蒔いておいたら、意外に芽吹いたという。
坂崎 まあ、回り道もいいもんじゃないですか。
(聞き手・内田正樹、構成・文藝春秋編集部)
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