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 主人公のアンは、ノヴァ・スコシア(新スコットランド)の生まれ育ちで(第5章)、スコットランド民族の伝統的な帽子のタモシャンター(第19章)と、スコットランドの乙女が未婚の印に頭にまいたリボンのスヌード(第27、28章)を身につけています。

『赤毛のアン』で、アンがかぶるスコットランドのタモシャンター帽。撮影:松本侑子。

 アンは、マリラが台所の窓辺においてハーブとして使う林檎香(アップルセンテッド)ゼラニウムを、スコットランド語で「ボニー」(意味は良い、美しい)と名づけます。また18世紀にインクランドに併合されて王国を失ったスコットランドの悲劇的な歴史の詩、たとえば16世紀にスコットランドがイングランドと戦って、スコットランド国王ジェイムズ4世をはじめ1万人以上が戦死して大敗を喫(きっ)したフロッデンの戦いの詩、イングランドに幽閉されて処刑されたスコットランド女王メアリの詩を愛誦することなどからも、アンはスコットランド系とわかります。

 アヴォンリー校の同級生では、善良な優等生ジェーン・アンドリューズは、アンドリューズがスコットランドの守護聖人(聖アンドリュー)の名前、金髪碧眼(へきがん)の美少女ルビー・ギリスのギリスは、ゲール語由来のスコットランド人の名字です。さらに二人は長老派教会の信者ですから、スコットランド系です。

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アンの腹心の友ダイアナ・バリー

 ダイアナは、寒い冬の日にアルスター・コートというオーバー・コートを着ています(第25章)。アルスターとは北アイルランドをさす地名で、アルスター・コートは、アルスター地方の毛足の長い毛織物で作った暖かな外套(がいとう)です。

アンの生誕地カナダのノヴァ・スコシア(新スコットランド)はスコットランド系が多い。スコットランドの民族衣装の男性。撮影:松本侑子

 こうした特定の地名にまつわる服をわざわざ小説に書きこむとき、作家は、その地域とそれを着用する人との関連を意識しています。

 たとえば日本の小説で、女性が加賀友禅の訪問着をまとっていたら、おそらく金沢出身だろうと読み手に思わせる意図があります。もし琉球絣(りゅうきゅうがすり)の着物を身につけていれば、沖縄にゆかりがある人物と推測できます。

 そしてバリー家の信仰は長老派教会です。

 アイルランド共和国はカトリック教徒が多いのですが、英国に属している北アイルランドのアルスター地方は、17世紀より、対岸のスコットランドから長老派教会の信者が移り住んでいます。1606年からの40年間だけでも、長老派教会を信仰するスコットランド人が10万人、アルスター地方にきたのです(『地図で読む ケルト世界の歴史』)。ダイアナの家族は長老派教会の信者であり、スコットランド系の北アイルランド人「アルスター・スコッツ」です。

マリラの親友のレイチェル・リンド夫人は北アイルランド系

 マリラの親友のレイチェル・リンド夫人は、第一巻『アン』と第四巻『風柳荘(ウィンディ・ウィローズ)』で、アイルランドの諺(ことわざ)を話しています。

 『アン』では、「アイルランドの諺にあるように、人は何にでも慣れる、首を吊(つ)られることにさえ」と言います(第1章)。

『風柳荘(ウィンディ・ウィローズ)』では「クリスマスに雪があれば墓場は肥(こ)えない」ためにホワイト・クリスマスになって喜びます(2年目第6章)。この諺の意味は「冬に雪がつもれば、翌年は豊作となり餓死者が出ない」というものです。アイルランドは19世紀半ばに主食ジャガイモの不作などから約100万人が死亡した大飢饉(だいききん)を経験しています。さらにリンド夫人は『風柳荘』で「アイルランドの二重鎖(ダブル・アイリッシュ・チェーン)」というパッチワークのパターンを縫っています。

 リンド夫人は熱心な長老派教会の信徒です。そこから夫人も「アルスター・スコッツ」と思われます。スコットランド人が、18世紀から新大陸カナダへ移民したように、「アルスター・スコッツ」も18世紀からカナダへ渡っていった歴史があります。

 このように『アン』において、アンと親しい人々は、アンも含めてスコットランド系とアイルランド系のケルト族です。

松本侑子(まつもと・ゆうこ)作家・翻訳家。
​著書に、『巨食症の明けない夜明け』(すばる文学賞)、『恋の蛍 山崎富栄と太宰治』(新田次郎文学賞)、『赤毛のアンのプリンス・エドワード島紀行』(全国学校図書館協議会選定図書)、『英語で楽しむ赤毛のアン』、詩人金子みすゞの詩を読解した『金子みすゞと詩の王国』(文春文庫)、みすゞの伝記小説『みすゞと雅輔』など多数。
訳書に、日本初の全文訳・英文学からの引用などを解説した訳註付『赤毛のアン』シリーズ全八巻(文春文庫)など。
2022年と2024年にカナダのモンゴメリ学会で研究発表。カナダ渡航30回。

赤毛のアン論 八つの扉 (文春新書)

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