1ページ目から読む
2/2ページ目

 理系だけれど本当は大好きだった古典や歴史の本を読むなんてことはなくなっていった。そんな心の余裕はどこにもない。

 ずっと遠い将来に役に立つかもしれない教養なんて、僕の人生を豊かにしてくれるかもしれない教養なんて、今日1日を生き抜くのに必死の僕にとっては何の役にも立たない。

矢口太一さん(撮影=朝日新聞出版写真部映像部・和仁貢介)

日々の何気ない会話で心がすり減ってしまったワケ

 奨学金が決まらない中、三鷹寮から東大までを往復する日々。僕みたいにお金がない学生が周りにはほとんどいないことにも衝撃を受けていた。両親の職業の話題になっても、びっくりするくらい「凄い」人が親だったりする。

ADVERTISEMENT

「大変なところに迷い込んでしまったのかもしれない…」

 ただでさえ、慣れない土地での一人暮らしだ。伊勢高校での勉強ともわけが違う。何より、4年間を乗り切るための奨学金を必死で探し、節約し日々を生きている僕がそんな「小さなこと」で心をすり減らしている間に、同級生たちは勉強に集中したり、海外で経験を積んだり、「有意義なこと」にエネルギーを注いでいる。

 僕みたいな貧乏人はこんなところにいる資格はないのかもしれない。日々の何気ない会話でそのことを突きつけられるような気がして、気づけば心がすり減っていった。

 人は長期的な最低限の保障がなければ、未来に向けた努力を落ち着いてすることなんてとてもできない。そのことを身に染みて実感する日々だった。