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演じながら「なんて湿っぽい女なの!」と

 だけど、かがりは、素顔の私とは程遠い性格の女性なんです。好きな男(津嘉山正種)に棄てられても文句も言わず、寅さんにもジワリと迫るじゃないですか。寅さんとかがりが二人きりの場面。カメラは彼女の腰や脚を強調して撮り、寅さんはその艶めかしさにドギマギしている。かがりは足音を忍ばせ寝ている寅さんの枕元に立って……と、まるで猫みたいな女です。しかも葛飾柴又まで追いかけて来て、デートの約束を書いた手紙を、隣りに座った寅さんの太ももへスウッと滑り込ませる。自分自身とは正反対の女性像でしたから演じていて大変でした。

『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』(1982年、山田洋次監督)

 鎌倉でのデート。気後れした寅さんが甥っ子の満男君(吉岡秀隆)を連れてきたのを、一瞬不満げに見つめるでしょう? その後に「京都や丹後で会った寅さんと違う」なんて不満を口にする。演じながら「なんて湿っぽい女なの!」と思いましたもの(笑)。なかなか帰れず長っ尻に浜茶屋で3人がいるところ。吉岡君とは『北の国から』以来の共演でしたが、あの大人2人に挟まれて、いたたまれない感じが上手でしたね。

 結局デートは失敗、かがりは品川で寅さんたちと別れて丹後に帰ってしまう。彼女を袖にした寅さんも落ち込んでますけど、可哀想なのは満男君。「伯父さんがプラモデル買ってくれた」と悲しそうにつぶやく場面に、大人の恋の終わりが集約されていますよね。

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かがりという女性の(つよ)

 東京駅で、とらやへ電話する場面は実際の駅構内で撮影しました。用件を言い終えて、パーッと新幹線へ駆け出した時の背中には、「これで、かがりとはお別れ!」という私自身の解放感が出ていますね。

「とても恥ずかしいことをしてしまいましたけど、寅さんならきっと許してくださると思います。風はどっちに向かって吹いていますか。丹後のほうには向いていませんか」

 最後の私のナレーションには、苦しんで演じた素直な感情が出ていますが、かがりという女性の(つよ)さ、しぶとさが現れていると今にして気づきます。あじさいは湿っぽい梅雨時に美しい花を咲かせ、明るい夏に枯れてしまう。けれど、翌年の梅雨には再び花を咲かす。まさに、そんな女性を私は演じさせて頂いたのですね。