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撮影中、芝居が噛み合わず、長渕とはずっとバトル状態

 駅での別れ際、寅さんが私に青い鳩笛を渡してくれる場面は、渥美さんがリードしてくださって安心して演じられました。上京したら、倍賞さんやとらやの皆さんにお世話になりっぱなしで。カメラが回ると自然に家族になる、とてもマジカルな現場を目の当たりにして、「これが松竹大船かあ!」と感激しましたね。

 上京して戸惑いがちな美保が出会う青年、健吾を演じたのが長渕剛。上野あたりで酔っ払いに絡まれる美保を助けてくれる。皆さん、今の長渕を想像されますけど、当時は痩せぎすで線が細く、そのキックの頼りないことと言ったら(笑)。看板描きをしながら現代絵画に挑戦している健吾を熱演していましたが、この『幸福の青い鳥』が映画初出演、しかも『男はつらいよ』とあって、その力みようが尋常ではなかった。健吾の部屋に一晩泊めてもらう場面で、「独身男の家はこうだ」と、わざわざ布団に丸めたティッシュを散らしたり、彼流のリアルを演出してましたから。自然に美保を演じたい私としては、やりにくいったらありゃあしませんよ(笑)。撮影中、芝居が噛み合わず、長渕とはずっとバトル状態でした。

『男はつらいよ 幸福の青い鳥』(1986年、山田洋次監督) 写真提供:松竹

 健吾がとらやに訪ねてくる場面は、渥美さんと、私、長渕が顔を揃える唯一のシーンでした。美保がいない店で、健吾は団子を頼んでビールを飲む。たっぷり時間をかけてビールを注ぐんです。長渕なりのツッパリなんでしょうけど、渥美さんはそれをじっと待ってから、おもむろに「幸せな男が団子とビールを食うかい」と声をかける。私が帰って来て、寅さんは2人の恋を知る――。カットを割らずに舞台劇みたいに展開する難しいシーンだと、今にして思いますが、当時は自然に撮影が終わった気がします。これは渥美さんと監督が、私や長渕が気付かないうちにリードしてくださったからなんでしょうね。

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 この作品をきっかけに、いろんな映画に出たかったんですが、運命のイタズラか長渕に捕まって(笑)。でも、独身最後の映画になったことは全く後悔していません。本作は、結婚、出産、子育てという幸福を運んでくれた〈青い鳥〉だったんだと、今は思っています。