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本人に「優しすぎる性格」について聞いてみた

 昨年僕は、個人的なヤクルト愛をつづった、『いつも、気づけば神宮に 東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』(集英社)という本を出版したのだけれど、この本の中では当時SD(シニアディレクター)だった小川さんにもインタビューをした。そのときに僕は、現役時代の彼について抱いていた「もどかしさ」を直接本人に尋ねてみた。以前にも触れたけれど、改めて、このときのやりとりをご紹介したい。

――現役時代の記事を見ていると、「優しすぎる性格」というフレーズが頻出しています。ご自身では、「優しい」と言われることについて、どうお考えですか?

 この質問に対して、小川さんは苦笑いを浮かべながら言った。

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「ああ、よく言われましたよ。僕は高校時代からそう言われ続けましたんで。でも、自分でそれを直そうと思っても、そこまで生きてきて自分の性格を変えるつもりはなかったですね。自分は自分でいくしかないんで。でもやっぱり、“優しい”って言われるのは勝負の世界に向いてないってことですよ、自分で言っちゃいけないですけど(笑)。勝負の世界では人を蹴落としてでも、自分の居場所を奪い取るというくらいのものがないと、ダメなんじゃないかなっていう気がします」

 自らグイグイと前に出ることが苦手だったという小川さん。かつての関根潤三監督は、そんな姿がとてももどかしかったようだ。小川さんが続ける。

「関根さんには、“もっと前に出ろ!”と言われていました。キャンプのときにも、全日程終了時に手締めをしますよね。あれも関根さんに命じられてやらされました。正直、半分嫌々やっていた記憶がありますね……」

 改めて、僕の脳裏に当時の小川さんの姿がよみがえる。何だかとても居心地が悪そうに、大きな身体を窮屈そうにかがめていた姿が。グラウンドの隅に申し訳なさそうにたたずんでいた当時の背番号《35》の姿が。保護司を務めていた父親が語った「犯罪者は出会いの失敗者」という言葉を常に胸に抱いているというエピソードは、昨年の当コラムでも触れたけれど、彼の本質は「優しさ」にあるのは疑いようのない事実だ。

 でも、交流戦最終戦となる6月19日の対福岡ソフトバンクホークス戦では、青木宣親の暴言退場処分を巡って、猛烈に抗議する小川さんの姿も見られた。それは、「優しさ」の裏側にある「激しさ」が垣間見えた瞬間だった。

「優しすぎるほど優しく」、そしてときどき「激しく」――。そんな指揮官の下、今年のヤクルトは戦っていく。前半戦はダントツの最下位だったものの、すでに借金は3まで減った。逆襲のときが、ついにやってきた。ペナントレースが、いよいよ再開する。

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