春からのNHK朝ドラ「あんぱん」放送目前で、注目が集まっている漫画家のやなせたかしさん。評伝の名手であるノンフィクション作家・梯久美子さんが文庫『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』でやなせさんについて書き下ろしたのには、深い理由がありました。本書「あとがき」より、前編後編に分けて特別公開します。

後編につづく

『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』は、生きることを肯定し続けたやなせたかしさんについて綴る感動作です。

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 疲れたひとをやすませたい
 さびしいひとをなぐさめたい
 悲しいひとをほほえませたい
 でも
 どうやって
 どうすれば
 そんな大それたことができるだろう
 自分でさえもボロボロで
 もうくじけそうと思うのに
 まして他人のことにまで
 お節介ができるはずがない
 しかし 私は何かしたい
 ひとの心をよろこばせたい
 なぜなら 打ち沈みがちな人生で
 それが 私のよろこびだから
 ところで あなたは……。

 これは、やなせたかし氏による『詩とメルヘン』1986年6月号の「編集前記」です。書かれたのはアンパンマンがアニメ化される2年ほど前で、当時、やなせ氏は67歳でした。

 新宿区片町にあったやなせ氏の仕事場でこの原稿を受けとったのは、そのころ『詩とメルヘン』の編集者をしていた私でした。本書を書き終えたいま改めて、氏の仕事の根本にあったものが、ここにあらわれていることに気づきます。

 まず私自身の話をするのをお許しください。

 小学生のとき映画『やさしいライオン』に感動し、中学生で詩集『愛する歌』に出会った私は、高校生になると『詩とメルヘン』に詩を投稿するようになりました。そして大学卒業後、『詩とメルヘン』の編集者になりたい一心で北海道から上京し、発行元のサンリオに入社します。最初に配属されたのは社長室で、本書にも登場する辻信太郎氏の秘書の一人として働いたあと、念願かなって『詩とメルヘン』の編集部に異動になりました。