春からのNHK朝ドラ「あんぱん」放送目前で、注目が集まっている漫画家のやなせたかしさん。評伝の名手であるノンフィクション作家・梯久美子さんが文庫『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』でやなせさんについて書き下ろしたのには、深い理由がありました。本書「あとがき」より、抜粋して後編をお届けします。
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40歳を過ぎて作家になった私が賞をもらうと、先生は雑誌の対談に呼んでくださいました。その本が、太平洋戦争末期の硫黄島の戦いをテーマにしたノンフィクションだったことから、先生の戦争体験に話が及びました。
徴兵されて中国へ渡り、戦場で飢えを経験したことや、弟さんが京都帝大から海軍に入って戦死したことを知ったのはそのときです。アンパンマンに託した先生の思い、そして、洒脱でユーモアたっぷりだった先生が、ときどき寂しげに見えた理由を垣間見た気がしました。
アンパンマンの絵本の版元であるフレーベル館から、子どもに向けたやなせ先生の伝記『勇気の花がひらくとき』を刊行したのは、先生が亡くなられた2 年後のことです。その内容の一部が小学校5 年生の国語教科書に掲載されたことから、子どもたちだけでなくご家族、とくにお母さんたちから感想が届くようになりました。
その多くに、子どもと一緒に見てきたアンパンマンがなぜ生まれ、そこにどのような思いが込められているかを知って感動したことが書かれていました。今回、改めて大人向けにやなせ先生の伝記を書き下ろした理由のひとつに、そうしたお母さんたちに、先生の人生をもっとくわしく知ってほしいと思ったことがあります。
本書を読まれた方にはおわかりだと思いますが、やなせ先生は、自分を置いて再婚した母親への思慕を生涯にわたって持ちつづけた人です。