「誰かが撮影してくれた推しの写真を見るのが楽しみだったのに」

 キャンプに来る前、今年からNPBで試行される「写真・動画の撮影及び配信に関する規程について」を読んでいた。それは夫のカメラ教習以上に難解だった。

 今まで球場内で撮影した写真を個人SNSへ投稿することについて、商業利用でなければ概ね認められていた。それが今年からルールがより細かく制定され、撮影及び「写真データを家族や友人と共有すること」は今まで同様に認められるが、ボールインプレー中の選手を撮影したものを不特定多数が見る可能性があるSNSへ投稿することは原則NG。また選手以外のあらゆるコンテンツも試合中は投稿することが許されない。

 この新たな規程が発表されるとSNSは批判や落胆の声で溢れ返った。

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「球場に行けなくても誰かが撮影してくれた推しの写真を見るのが楽しみだったのに」

「ビールの写真と一緒に“今日はここから”ってツイートするのもダメってこと?」

「これからは一々“これはボールデッド中の様子です”とか注を入れないといけないの?」……etc。

 ボールインプレー、ボールデッド……未だ野球のルールを完全に理解していない私にはそれが何を示すかすらわからなかった。

 選手を撮影すること自体は大丈夫、だけどそれをSNSに投稿することはダメ。試合中の投稿はダメで、試合後であっても投稿してはダメなシーンがある。私の心を踊らせてくれた、躍動感たっぷりにボールを投げ込む投手や、ギリギリにベースに滑り込む選手の写真。試合を一緒に楽しむ友だちもいない私は、誰かが撮影してくれたあの素晴らしい写真にもう出会うことはない。難しい用語と厳密な言い回しは、私にそんな事実だけを告げた。

今季初のオープン戦、カメラを取り出そうとすると…

 今季初のオープン戦はすでに内野席は完売。昨年のCSファイナルで戦った巨人が相手ということで、外野の応援団も気合いが入っていた。その横では地元少年野球のチームと家族がピクニックのようにお弁当を広げていたり、みんなめいめい野球を楽しむ。私の好きな春のキャンプの空気だ。

 ジャクソン投手が好投して、度会選手が躍動して、隣にいたベテランファンとおぼしき男性が「今年の秋広はこわいな」とつぶやき、「今年も大城はこわいな」と天を仰いだ。

2年目を迎えた度会隆輝選手 ©時事通信社

 一人で来ていた女性が、遠慮がちにカメラを取り出してグラウンドにレンズを向けている。撮影自体は何ら規制されていない。でもなぜだろう、自分がいざカメラを取り出そうとするとドキっとしてしまうのだ。

「本当に撮影して大丈夫なの?」誰かが私の耳元で囁く。

「SNSに投稿しなければ問題ないわ」

「いい写真が撮れたら投稿したくならない?」

「しない、ルールだもの」