「あなたの一枚を誰かが喜んでくれるかもしれないよ?」

「上手な写真は私には撮れないし、プロが撮った写真があるんだから」

「プロみたいな写真じゃなくて、同じスタンドからの写真だからあなたは惹かれるんじゃないの?」

ADVERTISEMENT

 私は心配性のもう一人の私を追い払うように、カメラを構えた。マウンドにはウィックが上がっていた。去年監督に叱責されていた投手とは別人のように、強打者浅野選手を三振に打ち取った。

ファン同士が疑心暗鬼になって…

 私の不安は、同じチームを、同じ野球を、同じカメラを愛している人同士が、お互い疑心暗鬼になって、シャッターを押す手を止めたり、止めさせたりするんじゃないかってことだった。真面目な人ほどきっと、ルールに忠実にあろうとするから。

 厳しいルールで割を食うのはいつだって真面目な人だ。中にはありとあらゆる方法でルールを掻い潜ろうとする人も出るだろう。そしてさらにルールが厳密にされて……少しずつ、少しずつ、楽しいはずの野球観戦から大切なものが奪われていくのでは。

 写真を撮って、誰かが見て、自分も見て、今日はあの人現地なんだ、選手かっこいいな、新しいスタジアムグルメおいしそう、空の色が綺麗だな、私も球場に行きたい……一枚の写真は見えない糸のように知らない人同士をつなぎ、私と野球をつないでいた。今、自由に伸びたたくさんの「糸」を、NPBは一律にバッサリと切り落とそうとしている。私はそんな風に感じてしまう。

 あの日マウンド上でウィックは頑なに動こうとしなかった。普段温厚な三浦監督が怒気を含んだ表情で彼に詰め寄った。オースティンはあのシーンを「試合に勝ちたい熱い男が2人いたってことさ」と言った。

猫はいつも自由 ©西澤千央

 投げる自由と、采配する権利と、勝利に対する責任。それら全てが等しくせめぎ合うからスポーツは面白い。観戦する私たちにも楽しむ自由や権利と、ルールを守る責任がある。責任にばかり怯えて、自由を手放してはいけない。私は少し震える手で、二度と同じ瞬間はない宜野湾にシャッターを切った。

「ビールを撮影しても大丈夫かな」

「球場の外側だったら試合中でもOKだっけ」

 真面目なファンはきっと戸惑い続ける。私が思いがけず出会って、心を掻き乱されて、人生の大切な「シーズン」になったプロ野球というスポーツ。まだ野球を知らない次の「私」はきっといろんなところにいるはずなのに。どうしたら次の私に野球の楽しさを伝えられるんだろう。今年のフーチバーすばはなんだかいつもよりほろ苦く感じた。

588 HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。