数年前、大和から聞いた忘れられない言葉がある。自分を育ててくれたタイガースに感謝を述べつつ、大和はよく通る低い声で言った。
「ベイスターズに来て思うのは、自分の選択は間違っていなかったということです」
ファンが聞いたら喜ぶだろうと思っていると、大和はニコッと笑い、つづけるのだ。
「大正解でしたね」
「新しい野球観を植え付けられました」
大和がベイスターズにフリーエージェント(FA)でやって来てから丸6年が経過した。守備の名手にして、誰もが一目を置くベテランであり“精神的支柱”。そして、チャンスに滅法強い“得点圏の鬼”。チームメイトからはもちろん、ファンからの信頼も厚く、ベイスターズを代表する選手のひとりだ。
大和を見ていてつくづく思うのは「こんな幸せなFA選手はいないだろうな」ということだ。ベイスターズでの支持の高さは言うに及ばず、タイガースファンからも温かい目線を向けられている。ハマスタの阪神戦では、大和がコールされると三塁側でも歓声が沸き、ふと見るとタイガース時代の『大和タオル』を持って応援している人もいる。私事で恐縮だが、タイガースファンの友人数名からは、会うたびに「大和はどうしている?」「大和は元気なのか?」と、まるで自分の親戚のようなトーンで尋ねられることが多い。
なにかと物議をかもすFA移籍であるが、こと大和に関しては、ほぼそれがない。不思議な魅力を持つ選手なのである。
大和は口癖のように「プロ野球選手にとって一番の幸せは必要とされること。だから今、こうやって野球をやらせてもらって幸せですよ」と言う。間違ってなかった人生の選択肢。大和は2018年、ベイスターズに初めて来たときのことを次のように教えてくれた。
「タイガース時代はずっと若手若手って言われていたのが、ベイスターズに来た瞬間、いきなりベテラン扱いになったんですよ。まだ30歳ぐらいだったし、めちゃくちゃ戸惑いました(笑)。あとはカルチャーショックというか、ベイスターズの明るさが自分にとって衝撃だったんです。勝とうが負けようが切り替えは早いし、とくに勝ったときはロッカーでお祭り騒ぎだし、うわー、みんな野球楽しんでいるなって。初めて“野球を楽しむ”ことを教えてもらった感覚だったんです。本当に新鮮でしたよね」
30歳を超えて出会った、想像もしていなかった野球の風景。これが大和を大いに刺激し、モチベーションになった。
「とくに当時のラミレス監督時代は、ほとんどやったことのない1番とか、初めて立つ打順が結構あったんですよ。これまでなかったアプローチを見つけるなど、自分としても成長できた部分はあったと思いますね。それにピッチャー交代も予想のつかないタイミングだったり、新しい野球観を植え付けられました」
大和自身、生き残るためにやっていたスイッチヒッターをやめ、右打者一本に絞ることで腹をくくった。また守備ではショートを中心に、内野のユーティリティーとして、チームに求められるプレーを率先してやった。ハマの風を浴びながら、勝負強さや堅実なプレーを積み重ねていくことで、大和はいつしかベイスターズになくてはならない選手になっていった。
そして、その影響を大きく受けているのが、日本を代表する打者に成長しつつある牧秀悟だ。