牧はどうして大和と一緒に時間を過ごそうと思ったのか
プロ3年目の牧は、大和のことを“お師匠さん”と呼び、多大なる信頼を寄せている。ふたりが急接近したのは、牧が1年目を終えたオフ、自ら大和に直訴し自主トレをともに過ごさせてもらってからだ。当時大和が「今年もひとりでゆっくり調整しようと思ったんですが、やっぱ牧がいるとそうもいかないので、煽られちゃいました」と、うれしそうに話していたのを思い出す。
牧はどうして大和と一緒に時間を過ごそうと思ったのだろうか。
「ルーキーイヤーに大和さんと一緒にプレーして、本当にすごいなって思ったんです。チームのことをしっかりと見ているし、大和さんから何かを言うことはないんですけど、質問すると何でも答えてくれて、その言葉の一つひとつが胸に残ったので、ぜひ一緒にやらせてもらいたいなって」
その後も師弟関係はつづき、今季も春先に不振に陥った際、WBCでのプレーを見ていた大和から助言をもらい調子を取り戻している。
大和は、チームを担っていく若い選手たちについて次のように語る。
「訊いてくれれば、自分の持っている引き出しのすべてを教えたいと思っています。ただ本人が困っているからといって、こっちから教えに行くようなことはあえてしません。それをすると成長しなくなりますし、困難を乗り越えたい、自分を変えたいといった強い意志がないと、やはり身に付くものも身に付かない。だからもっと若い子たちはガツガツしていいと思いますよ」
11月5日に36歳になる、このベテランの言葉は重い。若手の選手たちは貪欲に、大和の持つメソッドを吸収して欲しいものだ。
もしベイスターズに来ていなかったら……
そんな大和の真骨頂は、やはり得点圏での強さだろう。打者なら誰もが欲しがる、チャンスをモノにする能力。なぜ打てるのか? “鬼”は、その秘密を教えてくれた。
「これまでの経験から、勝負どころの気持ちの持って行き方を掴んだというのはあります。ランナーがいる、いないで全然違うんですよ。ランナーがいないときは球数を投げさせることを優先し、チャンスのときはどんな形でもいいから前に飛ばすこと。若いカウントから打つときは球種を決めて打席に入るようにしています。とにかく追い込まれて三振だけはしない。考え方はシンプルですね」
シンプルとは言うが、相手バッテリーの考えを読むことも含め、経験に裏付けられた高い技術が必要なのだろう。
得点圏で打席がまわったときにハマスタ全体に漂うファンの高揚感を、大和も感じ取っているという。
「ええ、すごく背中を押してもらっていますよ。ありがたいですね」
改めて、大和はしみじみとした風情で語るのだ。
「FAでベイスターズに来て、まさかこんな長いこと野球をするとは思わなかったし、今は本当に幸せだと思っているんですよ」
この数年は、加齢によって守備範囲が狭くなり、肩も弱くなってきていることを自覚し、常に工夫をして守備レベルを下げない努力をしている。また、毎試合出場する選手ではないことも承知した上で、自分の役割を見つけ、チームの勝利に貢献している。
人生に“たられば”はないが、もしベイスターズに来ていなかったら、その後どうなっていただろうか。そう問うと、大和はしばし考えを巡らせて口を開いた。
「もう野球をつづけていないかもしれませんね……」
静かにそう言うと、大和はつづけた。
「単に好きで野球をやってきて、つづけるために成功と失敗を繰り返した日々でした。あと何年やれるかわからないけど、終わったときに後悔が少なければいいなって」
幸せな野球人生を過ごしている、と大和は言った。けれども“幸せな結末”は、まだ訪れていない。
「ええ。個人のことよりも、やっぱり若い子たちと一緒に、このチームで優勝したいのが一番。だって僕自身、優勝するために、ここまで来たんですからね」
栄光を求め、大和の野球人生はこれからもつづく。そして真に選択が間違っていなかったことを証明してもらいたい。来季もお願いしますね。お師匠さま!
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