「マインクラフトにしか仕事がない」

 僕以外の友人はみな社会人として、夜に寝て朝起きるという至極当然な生活を送っている。なので23時ぐらいになると「明日も仕事」「仕事に行きたくない」「仕事やめたい」などとブツブツ言いながら1人また1人とオフラインになっていく。しかし僕は違う。マインクラフトにしか仕事がない。その仕事こそが整地だった。

 友人たちが眠りについた後、大量のシャベルを装備した僕は、山を削り平らにする整地作業の準備を整える。そこから無料の光が部屋に差し込むまで一心不乱に土を掘り進める。

 ザクッ…ザクッ…という音だけがヘッドフォンの中に流れ続ける。意識は遠くにある。明日のことなんて微塵も気にしない。時間もない。曜日もない。季節もない。ただシャベルを振る。だけ。

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 途中で集中力が切れたら玄関から音を出さないように外へ出てローソンストア100に向かう。深夜。4時。トラックと新聞配達のバイク。ボタンを押さないと変わらない信号。誰もいない道。少しだけ起きている家の明かり。全ての家に人がいることは考えたくない。いつも深夜に現れるサッポロポテトを買う人。僕はそんな人に育ちました。

写真はイメージ ©show999/イメージマート

 サッポロポテトの咀嚼音と土を掘る音が一つになる。ザクッ…ザクッ…シャクッ…シャクッ…。整地はリズムだ。同じ間隔でコントローラーのトリガーをひく。ザクッ…ザクッ…シャクッ…シャクッ…。シャベルが壊れる。取り替える。ザクッ…ザクッ…シャクッ…シャクッ…。何もしていない。何もしていないのと同じなのに。何かをしている気分になる。

 気がつくと朝のワイドショーが次の番組へと変わっている時間。出演者がそろって神妙な面持ちをしているタイプの。目の前には広大な整地済みの土地。昨日まであった山は全てなくなっている。土地を作った。1人で。一生価値の上がらない土地。もし都心に土地を持っていたら駐車場経営をしたい。夢。ここは違う。努力と徒労の地。

 通学途中の子供たちの声が聞こえる。屋根にいるカラスの足音にはっと目を覚まされる。ここはどこ。わたしはわたし。変わらない。

 拾ったアイテムは種類ごとに分別してチェストと呼ばれる箱にしまっておく。ゲーム機の電源を切る。止まるファンの音。仕事終わりの麦茶が美味しい。冷蔵庫にいつも麦茶がある家庭で生まれて本当に良かったと思う。

 夜になればまた友人たちがこの地に訪れる。彼らは僕が一晩で作り上げたこの広大な土地を見て何を思うだろうか。そんなことを思いながらベッドに入る。

 明日も仕事をする。

次の記事に続く 「ループ物アニメの主人公になった気分だった」大学で留年を繰り返した男性に起きた“世にも奇妙な出来事”とは?