隣室の女性からまさかの提案が…

 一人暮らしにも慣れた。仕送りで送られてきたカレーのルーをお湯に溶かしただけの具のないカレーと強力粉で作るチャパティで何とか食いつなぐ。日々。

 ある日。ベランダで洗濯物を干していると、突然どこからか「すいません」と声がした。あまりに突然のことだったので、それが自分に対しての言葉だとは思えなかった。そしてもう一度「すいません」という声がした。慌てて周りを見渡すと隣の部屋のベランダから女性の顔がこちらを向いていた。

 これは絶対にあれだ。注意されるやつだと思い、僕は身構えた。テレビの音が大きかったのだろうか、楽器禁止なのにギターを弾いてるのがバレたのだろうか、夜中に大きな屁をしているのが気に障ったのだろうか。思い当たるフシがあり過ぎるほどに。ある。

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写真はイメージ ©gimayuzuru/イメージマート

 すぐ謝る姿勢になろうとしたが、隣の部屋に住む女性から出た言葉は意外なものだった。

「もしかしてハルヒ観てますか?」

 ハルヒ? アニメ『涼宮ハルヒ』のこと? たしかに毎週欠かさずリアルタイムで観ている。しかし隣に住む女性にそんなことを言われるわけがない。もしかしたら聞き間違いかもしれない。僕の知らないハルヒという言葉がある? ……いきなり出てきたハルヒという単語と、理系大学で女性との会話に慣れていない僕はとにかく慌てた。

 その様子を見て何かを悟った女性は「あっ、涼宮ハルヒです」と言った。たしかに言ったのだ。さらにパニックになった僕は、しどろもどろになりながらハルヒ観てます。あの。テレビの音量が大きいですか。ごめんなさい。と訳もわからず咄嗟に謝っていた。

 すると女性は「いえ、私も観たいんですが、うちにテレビがなくて……もしよければ観に行ってもいいですか?」と僕に言った。頭が爆発しそうになった。いや実際に爆発して、頭の中が白煙に覆われて何も考えることができなかった。本当に意味がわからないことが起きたとき、人は何もすることができない。