青春小説の名手・額賀澪さんのデビュー10周年記念作品『天才望遠鏡』が発売となった。将棋、スケート、歌、競馬、小説……さまざまな世界に降り立つ天才と、その姿を“観測”しながら「どうしたって天才になれなかった」人々を描いた連作短編集。

 部活に音楽、スポーツ、お仕事とさまざまなジャンルを瑞々しい筆致で描き続けてきた額賀さんのファンは業界内外を問わず多く、芳林堂書店高田馬場店で文芸を担当する江連聡美さんもその一人だ。日々、学生を中心に多くのお客で賑わう書店に勤める江連さんはこの作品をどのように読んだのかーー。

『天才望遠鏡』額賀 澪(文藝春秋)

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 額賀作品にはよくスポーツにかかわる年若い人々が登場しますが、今回はその代表作品といってもいいかもしれません。5編それぞれに読み味のちがう楽しさがあって本当に素敵で、少し泣いてしまいました。

マクドナルドのポテトすら口にしない

 物語は、スポーツカメラマンの多々良智司の視点で幕を開けます。額賀さんファンの方は『夜と跳ぶ』(PHP研究所)を思い出し、ほくそ笑んでしまうかもしれません。

 日頃、陸上やフィギュアスケートなどを撮影する多々良が新たに撮ることになったのが、「将棋」。スポーツ雑誌の編集部から「将棋をスポーツとして特集したい」との依頼を受けます。

 向かった将棋会館で繰り広げられるのは、「藤井聡太の最年少記録を更新した“天才中学生棋士”」と、背水の陣に追い込まれた「かつての天才中学生棋士」との対局です。

 スポーツの世界とは決して切り離せない新しい才能の出現と、残酷にも成績振るわず落ちていく者の行末、悲哀、苦しさ。天才とかつて天才であった者の対比が切ないほどに表現されており、どうにもならないとわかっていても思わず嘆息してしまいました。

 2話目「妖精の引き際」では、その多々良が3年前に撮影したフィギュアスケーター・萩尾レイナが描かれます。彼女もまた、3年前のオリンピックでは金メダルを獲ったものの、怪我などで不調が続き、引退を囁かれる存在です。

 誰も推し量れないほどの努力をいくら重ねても、怪我を負い、復活することができなければ競技人生を諦めざるを得なくなるアスリートの厳しさがひしひしと伝わり、彼女の明るさがより一層切なさを駆り立て、胸が痛くなりました。

 より美しく滑るため、マクドナルドのポテトすら口にしなかった彼女がくだした決断には、思わず安堵を覚えるほどでした。