「妥協したくない」という葛藤
5編を通じて多々良がちょくちょく登場してくれるおかげで自分も作品の一員のように感じ、彼のカメラを通してそれぞれの人物が浮かび上がる様子も魅力的です。
多々良は私たち読者の代わりとして登場しているのではないか。そんな気がしています。
書店員の立場から特に印象に残っているのは、最終話「星原の観測者」です。
今をときめく超売れっ子作家(ただし性格にはかなり難あり)と、「売れてないわけでもないし売れてるわけでもない中途半端な中堅作家」。同期デビューの2人は周囲から比較されることはあれど、たがいの間では絶妙なバランスで関係を育んでいます。
人と人とが関わる中には本音も建前も行き交い、“うまく”生きていくためには多少は自分の考えを曲げることも必要でしょう。それでも、自分がプライドを持っていることに対しては妥協したくない。私たちも日々抱える葛藤が描かれる場面も印象的です。
序盤でかなり衝撃的な展開も待ち受けていますが、境遇こそちがえど、2人とも作家という仕事に心から入れ込んでいるからこそ抱える願いは切ないものでした。
日々書店で働いていると、額賀さんの作品を手に取る若いお客さんの姿を目にします。コロナ禍で書店に来てくださる学生さんも減ってしまいましたが、最近、ようやく活気が戻りつつあるようにも感じます。
ぜひ読者のみなさんにも、額賀ワールドに浸ってほしいと思います。
