「あなたたちには何の興味もないです」

 横尾 なりますけれども、ちょっと違うんですよね。観客のためのエンターテインメントとしてのサービスは一切してないんですよ。

 アトリエで描く時よりも、そういう鑑賞者がいる公共的な場所で描いたほうが、僕自身が解放されるんです。アトリエで描いているとどうしても頭脳的な作業になっちゃう。言語的とか観念的な作業になる。だから極力それを排除して、言葉とか観念を僕の中から追放して、なるべく頭を空っぽに、ものを考えない状態で、あたかもアスリートの瞬間芸みたいな感じで描くんです。

横尾さんのポケットの中身はしわくちゃのお札とテレホンカードなど。「極力考えないことが僕の生き方」と語る横尾さんは財布を持ち歩かない ©文藝春秋

 アトリエでは、自分でそういう操作をしなきゃいけないんですけど、公開制作の場所に行くと、みんなの視線が一斉に僕の体に、背中に突き刺さってくる。そうすると、考えが自然になくなっていく。どうでもいいやという感じになっていくんです。「あなたたちのために僕は描いているんじゃないんだ。ただ、あなたたちのエネルギーを僕は利用して、活用して、そのエネルギーで描いているわけで」と自分の中で切り替えができます。

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 成田 誰でも人前に出ると頭が真っ白になることがありますよね。その創造的な活用ですね。

 横尾 真っ白にしないと、観念的な、コンセプチュアルのほうに行ってしまうんです。コンセプチュアルな作品は考えて考えてとことん考え抜いた結果、作っていくんだけど、僕はとことん考えない。ひたすら考え抜かない状態で、身体的なものだけになった時に絵を描くんです。公開制作の時も、身体性そのものにしてくれるんです。

 成田 他人の目はなぜ身体性そのものを引き出してくれるんでしょう。

成田さん ©文藝春秋

 横尾 他人の目があったほうが空っぽになる。やけくそになっちゃうんですよ。観客を呼んだにもかかわらず、僕の方では「あなたたちには何の興味もないです」という気持ちなんです。だけど、彼らの興味によって僕は描かされているという、その矛盾が面白い。(構成・伊藤秀倫)

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第2回 隈研吾 大きな新築は宿命的に炎上するんじゃないかな

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