人種差別にはいくつもの層がある

「第二次トランプ政権で何が起こるのか、まったく予想がつかなかったし、今もまだわからない」と2人はいう。日本でも先日の参議院選挙で「外国人問題」が大きな論点となったように、移民問題が今後、世界的にますます大きくなる可能性は高いだろう。

「人種差別にはいくつもの層がある。本作ではそのことも描きたかった」とバスケスは言う。本作が重層的なのは、ディエゴ&エレナを取り調べる女性審査官が、白人社会ではマイノリティの有色人種であることだ。彼女は、ある意味で同じ立場であるはずの2人を高圧的な態度で追い詰めていく。

『入国審査』 ©2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY AIE

バスケス アメリカの税関にいる警官が南米出身、またはその子孫であるにもかかわらず、白人と同じように差別的な場合もあります。同じ背景や民族性を有する人でさえ、古い世代のアメリカ人より民族主義的になりうる。それは、植民地化とヨーロッパの白人優位性のもとで築かれたのが現在のアメリカ文化だからです。

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 同じような問題はヨーロッパでも起きている。バスケスによれば、イタリア人の祖父をもつベネズエラ人が、国籍を盾に「南米の人間はヨーロッパに来るな」と主張するケースがあるそうだ。

 海外での上映後、観客からは自国との共通点を語る声がいくつも寄せられたという。「悲しい理由ながら、この映画が深い共感を呼んでいることは確かです。それでも、多くの議論や会話のきっかけになるとしたらうれしい」とロハス。

他者を一方的にジャッジする権利などない

 日本を含む世界中で広がり続けている排外主義を、現在の2人はどのように見ているのか。

バスケス 人間が他者を受け入れられないことは、本当に恐ろしく、悲しい――これ以外に適切な言葉が見つかりません。日本の状況はわかりませんが、ヨーロッパでも今は右傾化が急速に進んでいます。外国のファッションや食べ物、音楽などを受け入れながら、国境を越えてくる人間を受け入れられないのは、そこに恐怖や脅威を感じるからでしょう。

『入国審査』 ©2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY AIE

ロハス 私たちは、もとを正せば同じ人間です。心臓があり、臓器があり、呼吸し、ものを考え、感じ、そして話をする――それなのに、どうしてこうなってしまうのか。他者を一方的にジャッジする権利がある人などいないはずです。僕は、現在の世界には「共感」が足りないと思います。相手の背景やルーツを調べるよりも、お互いをきちんと見つめることが必要なのです。

バスケス 移民が集まるような恵まれた環境にいる人たちは、自分の故郷や文化、友人、家族から離れたいとは思わないのかもしれません。けれども数十年に及ぶ植民地化や、映画にも描いた権力構造、また現在のパレスチナで起きているような戦争と虐殺のもとでは、人々は生き延びるために移動しなければいけないのです。現実にそういう状況があるにもかかわらず、今は人間が他者について語れなくなっている。僕はそのことを心から悲しく思います。

『入国審査』

監督・脚本:アレハンドロ・ロハス、フアン・セバスチャン・バスケス/出演:アルベルト・アンマン、ブルーナ・クッシ/2023年/スペイン/77分/原題:UPON ENTRY/配給:松竹/©2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY AIE/8月1日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

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