2008年、香港を震撼させた凶悪事件。殺害されたのは16歳の少女。彼女はなぜ顔の皮を剥がされた上に、最後は骨まで粉々にされて「存在を消された」のか……? 実際に起きた事件などを題材とした映画の元ネタを解説する文庫新刊『映画になった恐怖の実話Ⅲ』(鉄人社)のダイジェスト版をお届けする。
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被害者は16歳少女
2008年、香港で起きた16歳の少女がバラバラにされた「九龍猟奇殺人事件」は、当時の社会に大きな衝撃を与えた。援助交際のために出会い系サイトを利用していた中国出身の少女ワン・ジアメイと、彼女を殺害した24歳の男ディン・チータイ。この事件の背景には、貧困や家庭環境の複雑さ、そして孤独な若者たちの苦悩が交錯していた。
被害者のワン・ジアメイは1991年に中国・湖南省で生まれ、2005年に母親の再婚に伴い香港へ移住した。家計は厳しく、母親はゴミ拾いをし、ワン自身もフライドチキン店でアルバイトをして生活を支えていた。学業成績は優秀だったものの、義父との関係悪化や母親への負担を減らしたいという思いから中学3年で中退。その後、モデルになる夢を抱いて自称「芸能事務所」に入ったところ、騙され約100万円の借金を背負うことになった。
借金返済のため、ワンは「KIMI」の名でインターネットの出会い系サイトに登録。自撮りのセクシー写真を掲載し、1泊1500元~2600元(約2万3千円~4万円)で援助交際を始めた。
彼女が出会った「人生最悪の客」とは?
一方、加害者のディン・チータイは幼少期に交通事故で母親を亡くし、自身も脳に損傷を負って情緒疾患と学習障害を抱えていた。特別支援学校に通うも中学1年で中退し、暴力事件で少年院に送られた過去を持つ。その後は職を転々としながら、酒と麻薬と買春に明け暮れる生活を送っていた。
2008年4月26日、ディンは友人とクラブで危険ドラッグを摂取した後、翌朝帰宅。依然として薬物の影響下にあった彼は、出会い系サイトで以前にも買春したことのあるワンと連絡を取り、会う約束をした。外でランチを食べた後、自室に連れ込んでドラッグを摂取しながら性行為に及んだ。記憶が途切れ、午後3時ごろに目覚めたディンは、口から血を流して倒れているワンを発見。すでに冷たくなった彼女の体を前に、自分が彼女の首を絞めたのではないかと恐怖に駆られた。
パニックになったディンは遺体を処分しようと決意する。自室の狭いトイレでワンの喉から血を流した後、まな板の上で首の骨を切断し、手足を切り落とし、内臓を取り出した。「みんながこうやって豚肉を切っているので」皮を先に剥ぎ、「死に顔を見たくなかったから」顔の皮まで剥いだという。
「トイレが詰まらないように内臓、皮、肉を一つ一つ細かく切り、少しずつ放り込んでは流す」といったディンの犯行手口。手足の指は切り刻み、腕や足の裏、背骨などの大きな骨は市場に捨てようと、「豚の骨に見えるよう」肉を切り取ることに全力を尽くした。解体が終わったのは午後10時頃。その後、頭部を発泡スチロール箱に入れて海に投棄し、残りの大きな骨は市場の豚肉屋台の竹籠に混ぜ入れた。
「あの日何が起こったのか、なぜあの女性は死んだのか、ずっと考えて眠れませんでした。これからどうなるのか怖かったので考えるのをやめて、何事もなかったかのように生きようと思ったのです」とディンは後に語っている。
しかし、殺害翌日には別の15歳の少女と援助交際をし、その後も普段通りの生活を送ろうとしていた。彼が逮捕されたのは、犯行中にクラブで一緒だった友人に「人を殺した」と電話で打ち明けたことがきっかけだった。友人は当初本気にしなかったが、ニュースで少女失踪を知り警察に通報した。
警察の徹底的な捜査が逮捕につながった
特筆すべきは、警察による証拠集めの徹底ぶりだ。遺体がないため、ディンの部屋の便器から革張りの椅子、浴槽、壁や配管まで解体して押収。さらに、排水サービス局が下水道やマンホールを捜索し、沈泥を採取・ろ過した結果、人肉とみられる物体が20個以上発見された。DNA検査でワンのものと確認され、これが決定的証拠となった。
2009年7月27日、ディンには「死者の解体方法が特に不快で残酷」との判決とともに終身刑が言い渡された。
この事件が香港社会に衝撃を与えたのは、被害者の骨が豚骨と混じって市場で売られた可能性が報じられたことだけではない。ワンの元クラスメイトの一部が事件のニュースを笑い、彼女を誹謗中傷するメッセージをブログに残したという報道もあった。
孤独と貧困の中で誰にも頼れず、犠牲となった16歳の少女。そして、幼少期のトラウマと薬物依存に苦しみ、凶悪犯罪に至った若い男性。九龍猟奇殺人事件は、社会の闇と若者たちの抱える複雑な問題を浮き彫りにした事件として記憶されている。
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