「やらない善よりやる偽善」を地で行く

 1988年に「地下鉄御堂筋事件」と呼ばれる事件が起きた。大阪市営地下鉄御堂筋線の電車内で、痴漢をしていた2人組の男性に、女性が注意をした。すると逆上した男たちに電車から下ろされ、脅されて連れ回された末に、マンションの建設現場で強姦されたのだ。女性が連れて行かれるとき、周囲の乗客たちは見ているだけだったという。

 2022年には、JR宇都宮線の電車内で電子タバコを吸っていた男が、注意した男子高校生に暴行を加え、土下座させた事件があった。被害者の友人や女性客が止めに入ったが、大多数の乗客は傍観していたそうだ。

 筆者もその場に居合わせていたら、何もできなかった可能性は十分すぎるほどある。助けたいけれど、怖いし、自分の身も守りたい。結局、見て見ぬふりをしていたかもしれない。

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 だが私人逮捕系ユーチューバーたちは、動機や目的はともかく、少なくとも自分たちが取り締まっている分野で迷惑・違法行為を見つけたら即行動している。トラブルに巻き込まれたくない「事なかれ主義」ではなく、自ら飛び込んでいく「事あり主義」なのだ。

「やらない善よりやる偽善」という言葉がある。売名やイメージアップを目的に寄付をしたとする。偽善かもしれないが、それによって助かる人は確実にいる。であれば、動機が売名であれ、再生回数のためであれ、承認欲求を満たすためであれ、しないよりしたほうがいいのでは、ということだ。

 世直しも同様で、結果的に人助けになるのならば、動機や方法がどうであれすべき、という意見である。フナイム氏が主張しているのは、善か偽善かなどどうでもよく、「やる」ことの大切さだった。

彼らは警察に頼らず、自ら怪しい人を“逮捕”していく 画像はイメージ ©Tomoharu_photography/イメージマート

なぜ、行政や警察に任せないのか

 人助けは文句なく素晴らしいことであると思う。駅で女の子が殴られていた場面に遭遇し、助けに入った例など、その勇気も素早い行動も立派だし、賞賛されるべきだろう。夜間中学の件も、困っている人を助けるという観点では、良いことのように思えるが、少しだけ引っかかる。

 その地方に行く用事があったとはいえ、なぜ第三者で一般人のフナイム氏が学校を直撃したのか? 行政や警察、弁護士などしかるべき人たちに任せようとは思わないのだろうか? 聞くと、フナイム氏は即座に否定した。