原題「あなたをここで待っている」の意味

 その後、ティエンユーとアシャンは生活感あふれる港町や華やかな温泉街、緑濃い山中の滝をめぐり、中盤にはアシャンの故郷である台湾最南端の屏東・墾丁を訪れる。くるくると変化するロケーションの魅力だけでなく、画面の構図や2人の衣裳を含む色彩設計の美しさが台湾各地をめぐるロードムービーとしての味わいだ。もちろん、後半に再び登場する香港との都市性の違いもおもしろい。

ロードムービーとしても楽しい ©DRAMA CULTURE COMPANY LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.

 ゆるやかに流れる時間はどこか現実感がなく、まるで夢を見ているような解放感がある。だからこそティエンユーは心の傷を癒やし、アシャンにひきつけられてゆくのだ。時に白くぼやけた映像がそうした側面を際立たせ、ファンタジックな印象をも作品にもたらす。

 しかしながら憎いのは、この映画がただ“旅のなかで回復する”趣向の物語として終わらないことだ。序盤から随所に仕掛けられていた違和感が蓄積された先では、思わぬ展開とともに、想像を超える物語の全体像が立ち上がる。じつは本作が、まったく異なる2つの“救済”を描くものであることが明らかになるのだが――これ以上をむやみに語るのは野暮というものだろう。

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 邦題は『鯨が消えた入り江』だが、原題は『我在這裡等你』で、日本語では「あなたをここで待っている」。このタイトルを頭の片隅に残しておくと、ラストシーンではその意味が別の響きを帯びていることに気づくはずだ。

『鯨が消えた入り江』ポスター

『鯨が消えた入り江』
監督:エンジェル・テン/出演:テレンス・ラウ、フェンディ・ファン/2024年/台湾/101分/配給:マーチ/©DRAMA CULTURE COMPANY LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED./公開中

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