これは現実か、それとも夢か。まるで眠りから覚めたばかりのように、その狭間を漂っている――。
日本でも大ヒットした香港映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』のテレンス・ラウが主演を務めた台湾映画『鯨が消えた入り江』は、そんな“うたかたの時間”をとらえた一作だ。
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盗作疑惑にみまわれた作家を演じるテレンス・ラウ
物語はラウ演じる香港の人気作家・ティエンユー(天宇)が、見知らぬ男の部屋で目覚めるところから始まる。新作小説に盗作疑惑が浮上したティエンユーは、最後の原稿を編集者に託すと、世間から姿を消して台北に渡っていた。
目指しているのは、かつて文通していた少年が教えてくれた、「鯨のあとを追うと天国にたどりつける」という“鯨が消えた入り江”だ。ところがティエンユーは、台北の繁華街で騙されて酔いつぶれてしまった。そこに居合わせたチンピラのアシャン(阿翔)が窮地を救い、ひとまず家に匿ったのだ。
ティエンユーが口にした“鯨が消えた入り江”の場所をアシャンは知っているという。「その場所を知っている、連れて行ってやるよ」。偶然に出会った2人は、最初は不本意だったはずの旅のなか、少しずつ絆を育んでいく。
典型的なBL映画にはしたくなかった
監督・脚本(共同)はエンジェル・テン。代表作はGL(ガールズラブ)ドラマ「最初の花の香り」(シーズン1)で、高校時代と大人になった現在という2つの時間を、映像の質感を使い分けながらみずみずしく描いた。今回も、主人公2人が体験する“かけがえのない時間”のきらめきをそのまま画面に閉じ込めている。
心に傷を負った作家と、孤児のチンピラが思わぬ出会いから心の距離を縮めていく――監督のテンはシンプルなストーリーのなかに、いかにもBL(ボーイズラブ)的なモチーフをちりばめた。しかしながら「典型的なBL映画にはしたくなかった」といい、両者の関係性を特別に明示することはしていない。
たとえば、旅の途中に宿泊する場所がラブホテルで、お約束の“壁ドン”演出も用意されているあたりはいかにもユーモラス。ただしこれも親密さの表現ではなく、むしろジャンルの定石を遊んでいるようで、実際に心の距離が縮まる後半とのコントラストになっている。旅を続けるうちに明確化されるのではなく、むしろ曖昧になってゆく関係と心理こそが主題のひとつといってもいいだろう。

