※こちらは公募企画「文春野球フレッシュオールスター2018」に届いた約120本を超える原稿のなかから出場権を獲得したコラムです。おもしろいと思ったら文末のHITボタンを押してください。

【出場者プロフィール】T・サチモス(てぃー・さちもす) 中日ドラゴンズ 45歳
 岐阜県在住。説明することが難しい業種のサラリーマン・中間管理職。どんなに辛いことがあっても、星野仙一様に3度怒鳴られた事をPRIDEに、何度でも立ち上がる。1001回目は何か変わるかも知れないから……。

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「Last samurai……」

 靄のかかった大浴場で背筋を伸ばし、全裸で物思いにふけっている元巨人軍のエース・西本聖の姿を傍観し、僕は思わずそう呟いた。

 子供の頃からドラゴンズファンだった僕は「ドラゴンズファン=アンチジャイアンツの法則」に漏れることなく、ジャイアンツを無条件に憎んだ。野球中継がジャイアンツ戦のみの時は対戦相手を応援したし、プロ野球チップスを2袋購入したのにカードが2枚とも山倉捕手だった時は酷く憤慨し、母にあたった(山倉さん、お母さんゴメンナサイ)。

 でもなぜか西本投手だけは好きだった。なぜ好きだったのかを考えてみると、西本の中に「ドラゴンズ要素」が多分に含まれていたからだと推測している。

 当時ジャイアンツのエースといえば「怪物・江川」と「雑草・西本」の2枚看板。絶対的エースの江川はジャイアンツの象徴だったが、怪物江川に対抗心を燃やし、競うように勝ち星を積み重ねる「地味な実力者」西本の背中に、僕はドラゴンズ要素を感じていたのだと思う。少年野球をやっていた僕は、高く脚を上げる投球フォームを真似たりもした。

巨人時代、江川卓とともに2枚エースとして活躍した西本聖 ©文藝春秋

 その西本がドラゴンズに移籍すると、僕はすっかり西本信者になった。西本の登板試合は必ずテレビ観戦した。「さらば巨人軍」という著書も購入し、何度も読み返した。衰え気味であったシュートはジャイアンツと対峙する事で蘇り、西本は水を得た魚のように勝ち星を重ねた。西本にドラゴンズ要素がある、と唱えていた僕はとても誇らしかった。

ホテルの大浴場で西本聖と交わした会話

 それから5年……大学生になり宮崎旅行中であった僕は、なぜか今、ホテルの大浴場で西本聖と二人きりという状況である。

 オリックスを自由契約となり、ジャイアンツの入団テストを受ける、という記事を新聞で見てはいたが、まさか……である。前を流すのも早々に、恐る恐る湯船の中に身を沈めた。どうにかして話しかけてみたいが、西本さんは目を瞑り、侍のごとく精神統一の最中だ。どうしよう……と思いながらも僕は徐々に声が届く射程圏内に入っていった。

 殺気を感じたのか、瞑想中であった西本さんが目を開け、僕の存在に気づいた。僕は腹をくくって話しかけた。

「あの、西本さんですよね」

「ああ、そうだよ」

 間髪入れずに西本さんは答えてくれた。

「あの、僕ドラゴンズファンで、でも巨人時代から西本さんが好きだったから、来てくれてめちゃくちゃ嬉しくて、何回も西本さんの試合を見に行きました」

 僕は思いの丈を一気にまくし立てた。すると西本さんは

「ありがとう。うれしいね。君いくつなの? 大学生?」「はい。20歳大学生です」 「いいなあ~若いって。これからなんでも挑戦しろよ! 今みたいに(笑)」 「はい。わかりました。西本さんも入団テスト、頑張ってください」

 そう言うと西本さんは「ありがとう。君、詳しいね~」とニッコリと笑って答えてくれた。そして、

「最後にもう一度ミスターと一緒に野球をやりたいんだ。ミスターが監督に復帰しなかったら、もう引退してたね。こんな状態だし」

 そう言うと西本さんは僕に背を向けた。筋骨隆々の美しい背中ではあったが、腰のあたりには痛々しい大きな手術の跡が残されていた。

「手術をしたり色々治療したけど、もう完全には戻らない。誤魔化しながらやるしかないんだ。これから挫折する事もあると思うけど、君も頑張れよ」

 そう言い、湯船から出ようとする西本さんに僕は最後の勇気を振り絞って、声を出した。こんな機会、一生ない!

「あ、あの西本さん。シュ、シュートの握りを教えてくださいませんか」