西本さんから教わった「企業秘密」
西本さんの動きがピタッと止まり、一瞬空気が凍りついたように感じた。
「やってまった……」
僕は地元でメジャーなフレーズを心の中で呟いた。しかし、西本さんは「ああ、いいよ」と微笑むと、もう一度湯船に浸かり直してくれた。
「君は野球やってるのか?」と質問されたので「いえ、テニス部です」と答えると、軽くずっこけ 「まあいいや。企業秘密だから誰にも言うなよ」と言いながら、かなり丁寧に教えてくれた。企業秘密だから内容は言えないし、正直途中から舞い上がって何を喋ったのか? どうやって別れたのか? ハッキリ覚えていないのだが、とにかく西本さんにシュートを教えてもらうという、夢のような時間を過ごす事ができた。同時に怪我をしているプロ野球選手の苦労も知らず、勝手な事を言うのは金輪際やめようと、この時心に決めた。
入団テストには合格したものの、西本さんはその年のオフに引退となってしまった。多摩川グラウンドでの引退試合で、最後に登場した代打ミスターを打ち取り、嬉しそうにしている西本さんの姿をスポーツニュースで拝見し、心の底から「ありがとうございました」を言う事ができた。
あれから約四半世紀。オジサンになった僕だが、元気に草野球を続けている。若い人から「最後何を投げたんですか? ツーシーム?」と質問されても、西本さんへの礼儀として「いや、シュートだよ」と答えるようにしている。
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