※こちらは公募企画「文春野球フレッシュオールスター2018」に届いた約120本を超える原稿のなかから出場権を獲得したコラムです。おもしろいと思ったら文末のHITボタンを押してください。

【出場者プロフィール】田中 秀継(たなか・ひでつぐ)  横浜DeNAベイスターズ 30歳
 仕事の合間を縫って、野球観戦、プロレス観戦に励む会社員。横須賀出身で、物心ついたころからのベイスターズファン。一番最初に好きになった選手は駒田徳広だが、大洋ファンの方の目もあるので最近はあまり口にしないようにしている。絶賛婚活パーティー20連敗中!

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 今年もいつの間にか6月になって、日本列島が梅雨入りして、プロ野球では交流戦が佳境に差し掛かって、そして父の日がやってくる。

 母の日に比べると大分地味で、影の薄さは否めない父の日。ただ僕は毎年この時期になると、父の姿に思いを馳せることにしている。もうプレゼントを渡すことはできないから、せめてもの感謝の気持ちとして。

古溝や弓長がお気に入りだった父

 記憶の中の父は大概酔っ払っていて、酒で顔を真っ赤にしながらリビングのソファに座って野球を見ていた。贔屓球団は阪神。藪や新庄といった派手な選手ではなく、古溝や弓長のような渋い選手がお気に入りだった。子供の頃、酔っ払った父から「野球をやるなら古溝を目指せ!」とよく発破をかけられたのを今でも覚えている。

 そんな父は休日はスイッチが切れたように、いつも寝ていた。休日に家族をテーマパークや旅行に連れて行ってくれるのなんて一年に一度あるかないか。でも野球は別だった。小学生の頃は毎月一回は父の車で横浜スタジアムへ通っていた記憶がある。

 1998年9月13日もそうだった。デーゲームの横浜対阪神戦だった。

 スタジアムに向かう行きの車内で父に聞かれた。

「今日の横浜の先発は関口か。誰だよ。関口宏か?」

「関口伊織だよ」

 僕は間髪入れずに答えると、関口伊織の説明をした。ストレートが案外速いとか、スクリューを投げるとか、投げるときにグローブをパタパタするとか、マシンガンのように言葉を続けた。

 父親の影響のせいか、実は子供の頃の僕もあまり派手ではない、どちらかといえば地味な投手が好きだったのである。特に関口伊織はベイスターズでは数少ないスクリューを投げる投手だったので、なんとなく魅力を感じていた。一通り僕の説明が終わると父は「まあ古溝の方が上だ」と一人で納得して頷いていた。

ベイスターズでは数少ないスクリューを投げる投手だった関口伊織

 その日は快晴だった。夏の終わりを惜しむような強い日差しが、フィールドをキラキラと輝かせ、すり鉢状の観客席の四方八方から殺気立った横浜ファンたちが目を光らせる。その青い集団は、フィールドを飲み込まんばかりの力強さで、まるで打ち寄せる大波のようだった。僕たちは三塁側の内野席に陣取っていた。

 三塁側とはいえ、周りは横浜ファンだらけで、阪神のユニフォームを着ていた父が悪目立ちをするくらい。案外気の弱い父は阪神の応援歌を歌うことも、歓声を上げることもせず、じっと戦況を見守っていた。

 試合は横浜の関口、阪神の井上、両先発が序盤は好投しノースコアで進んでいく。しかし4回。横浜波留の先制3ランホームランで均衡が破れると、マシンガン打線が一気に爆発。関口も案外速いストレートやスクリューを駆使し好投を続け、終わってみれば11対0で横浜が快勝した。関口伊織はプロ初のそして結果的にキャリア唯一の完封勝利を飾った。