物語の語り手は「ブータン」の同級生・娘・同僚…
最初の語り手のワタベは伯父の入院した老人病院でリハビリトレーナーとして働くブータンと再会する。独身だからと伯父の世話を押し付けられているようにも見えるが、ワタベは父親のいない自分に愛情をもって接してくれた伯父への恩返し、と粛々と行っている。
次の語り手はブータンの娘・紗季(中三)。五歳の時に出ていったブータンが、実家に戻ったのには理由があった。
ブータンは「笑顔を忘れずにいる」為に紗季とバアバ(紗季の祖母)のそばにいることが重要だと話す。それが娘の幸せかどうかは気にしていない。幸せとは、他者の犠牲の上に成り立つ。
次の章、時期はブータンが家電量販店勤務だったころに遡る。語り手は大手家電メーカーから派遣販売員としてやってきた上月音杏。
ここではブータンの幸せは奪われてしまう。しかしそのことを気にしているように見えない。
「幸せとは、他者の犠牲の上に成り立つ」と記したが、たとえば恋愛は常にそういうものだ。
四番目の語り手、リハビリトレーナーに転身したブータンの担当客・福澤瑠璃子は八十二歳。心はしっかりしているが、身体は寄る年波には勝てない。「目標を持つように」とブータンに提案されて、若い頃に諦めたローラーコースターに乗ろうと決める。
目標ができたことでリハビリに励み、嫌いな牛乳も飲むようになる。若作りしてコースターに二人の姿は可笑しい。思わず笑みがこぼれる。
幸せは人を「笑顔」にする。瑠璃子の「笑顔」は幸せが生まれた証だった。
五番目の語り手はカジドン。年に一度程度開かれる中学の小さな同窓会の場でふいにワタベが口にしたブータンの名前。やがて当時起きた「ブータン事件」(校内で教頭の財布が盗まれ、犯人として疑われたのがブータンだった)の真相に迫っていく。
そこで真犯人と思われる意外な人物が浮かび上がる。結局友達だけじゃなく、気づけば夫婦間でも疑心暗鬼になっていく。
