「誰かが隠してる」

 磯田 なるほど。僕にとっても、米と日本人は生涯のテーマの一つです。実は僕は縄文時代前期、6000年前の水田跡と考えられている岡山の朝寝鼻(あさねばな)貝塚の上で赤ん坊の頃、暮していたんです。

 今回の令和の米騒動が始まる半年ほど前に勤務先の職員の方が真剣な顔で近づいてきて、「先生、お米の値段が下がらないんです」と深刻な声で言ってきました。その瞬間、何かが起きると直感しました。それでもう一度、米を歴史的な視座で考え直さなければと思っていたら、案の定、令和の米騒動に発展した。「お米が高いなら、パンを食べればいいじゃない」とはならないところに米と日本人の特別な関係はまだしっかり残っていると感じました。

磯田道史氏 Ⓒ文藝春秋

 京都で商売をしている人に「長年の減反政策と猛暑でお米が足りていないから価格が上がっているのでしょう」と言うと、「いや、そうじゃない、誰かが隠してる」。この反応は、僕が史料で読んできた、米が足りなくなったときの民衆心理そのもの。江戸時代に米を隠していると思われた問屋などが繰り返し襲われた理由があらためてよく理解できました。

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 門井 誰かが金儲けのために米の値段を吊り上げている、悪い商人が米を溜め込んでいる、という陰謀論は、1837年の大塩平八郎の乱のときも、1918年の米騒動のときも、1993年の米不足でタイ米を輸入したときも言われたことです。まさに歴史は繰り返す。

 磯田 こういうときに民衆がお上に強く期待するのは、「お救い米」の支給。「蔵を開け」というやつです。出さないと本当に政権支持率がガタ落ちしてしまう。

 門井 いままさに農水相の小泉進次郎氏がやっていることですね。

 磯田 素早く蔵を開けた人が名奉行の評判を取ったりするんです。

備蓄米を試食する小泉進次郎農水相 Ⓒ時事通信社

 現在の米価の高騰をうまく解決するためには、価格を決定する要因を見極め、それがどのように絡み合っているのかを丁寧に解きほぐして考えなければなりません。

出典元

文藝春秋

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