たとえ技術的な粗が指摘されようとも…
吉沢亮が演じる喜久雄には、「美しさと虚しさ」が宿っている。虚しさとは、芸で満たされることを渇望する器だ。吉沢は「喜久雄を最後まで理解できなかった」と語っている。それこそが正解だった。喜久雄の芸は「憑依」。理解を超えた地点で、喜久雄は吉沢の身体を借りて立ち現れる。
横浜流星の俊介は、血筋の重圧とライバルへの嫉妬に引き裂かれる。特筆すべきは、努力によって獲得されたであろう横浜の「品」だ。楽屋での振る舞い、稽古場での佇まい、舞台上での立ち姿にそれが滲む。極真空手で培った身体の軸も十全に活きている。
想像だが、二人の稽古の仕上がりが見事だったため、監督は舞台場面の比重を増やしたのではないか。それでいてなお重要なのは、この映画は「上手い歌舞伎」を見せようとしたのではない、ということ。歌舞伎に不案内な観客をも魅了するのは、吉沢と横浜の見せたものが、技術の巧拙を超えた「芸が生まれる瞬間のドキュメント」ゆえだろう。
歌舞伎の専門家が技術的な粗を指摘しようとも、観客の感動は揺るがない。彼らが目撃したのは、俳優たちが歌舞伎という未知の表現形式と格闘し、「演技」が「芸」へと昇華する過程なのだから。
『国宝』
吉田修一の同名小説を李相日監督が映画化。任侠の一門に生まれながら歌舞伎の世界に飛び込み、血筋に抗いつつ運命に翻弄される男が、「国宝」に上り詰めるまでの激動の人生を描く。主人公・喜久雄を吉沢亮、その生涯のライバルとなる俊介を横浜流星が演じ、渡辺謙、寺島しのぶ、田中泯らが共演に名を連ねる。
監督:李相日/出演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、三浦貴大、見上愛、永瀬正敏、中村鴈治郎、田中泯、渡辺謙/原作:吉田修一『国宝』(朝日文庫・朝日新聞出版)/2025年/日本/175分/配給:東宝
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会
