「演者」としてのゼレンスキー
ボスニア紛争では、「演者」はボスニア政府(モスレム人勢力)のシライジッチ外相、「敵」はユーゴスラビアのミロシェビッチ大統領(セルビア人。後に国際戦犯法廷に起訴されオランダのハーグで獄死)、そして「演出者」は『戦争広告代理店』の主人公である米大手PR会社の幹部、ジム・ハーフ氏だった。
それから30年たった2022年2月、スラブ系同士の紛争というボスニア紛争と共通の特徴を持つ、ロシアによるウクライナ侵攻というはるかに大規模の戦乱がおきた。そして私は、開戦から半月もしないうちに、『戦争広告代理店』で描いたPR情報戦が、数十倍の規模で展開されていることに、目を見張らされた。
今回も、「三角形の理論」が忠実に実行されていた。
一つ目の三角形では、「演者」はゼレンスキー大統領、「敵」はプーチン大統領、そして「演出者」として、数多くのPRのプロがウクライナ側に立っていると考えられる。
ゼレンスキー大統領の周囲にいるウクライナ人のメディア出身者などに加えて、アメリカを中心とする多くのPR会社がウクライナの国際世論誘導を支援していることについては、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ポリティコ、ガーディアン(英)などの報道があり、米シンクタンクの調査報告もある。「オドワイヤーズ」などPR業界誌にも、ウクライナの政府や機関、議員などに雇われたPR会社のニュースが頻繁に掲載されていた。
これらを総合すると、アメリカのPR会社は業界総がかりで情報戦のノウハウを提供している。
以下、クインシー研究所のベン・フリーマン研究員の、米司法省に提出されたPR会社やロビー企業の届出資料に基づく調査(「レスポンシブル・ステートクラフト」に掲載)などによると、開戦以来の2年間で46のPR会社やロビー企業がウクライナ側から計1092万ドルを受け取ったことがわかる。しかし、これは氷山の一角にすぎない。というのは、多くのPR会社は「ウクライナからお金をもらわず、ボランティアでやっている」という形をとっている。たとえば、ワシントンDC近郊に本社を置くプラスコミュニケーションズは、開戦3日目からウクライナのための活動を開始し、政府や議会の要人などをFOXやCNNなどの全米ネットワークのニュースに100回以上出演させたと明らかにしている。
※本記事の全文(約15000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と、「文藝春秋」2025年10月号に掲載されています(高木徹「ゼレンスキー大統領『PR戦』の敗北」)。
・国ごとにカスタマイズされた演説
・ゼレンスキーの弱点
・トランプの登場がすべてを変えた
・メディアに叩かれるほど「強い支持」
・FOXの取材を優遇した米政権
・首脳会談が行われた部屋に戻った
・「生徒」にさせられた欧州首脳とゼレンスキー
・ロシアのPR戦はどうなっていたか
・ゼレンスキーの「情報戦2.0」は?
