賠償総額85億円のウガンダのオングウェン事件

 ウガンダの元反政府勢力「神の抵抗軍(LRA)」の元司令官のドミニク・オングウェンに対し、ICCは戦争犯罪と人道に対する犯罪で2021年2月、61件の有罪判決を下した。強姦や殺人、子どもの誘拐などその犯罪は多岐にわたり、被害者数は約5万人。2024年2月、総額5240万ユーロ(約85億円)の賠償が命じられ、これはICC史上最大の賠償命令となったが、オングウェンに支払い能力がないと判断され、裁判所はTFVに賠償金の支払いを補填するよう要請した。

 賠償には、一人当たり750ユーロの賠償金支払いと、医療的・心理的支援、さらに破壊された社会・経済の修復や再建までもが含まれる。なお、賠償命令までかなりの時間がかかることから、TFVは賠償とは別に捜査地域に対して独自の被害者支援を行う役割がある。ウガンダにおいては、目と鼻を失った女性が顔を元に戻すための再建手術や、性暴力によって生まれた子どもたちの教育支援、トラウマケアなどが行われているという。

 被害が長期で被害者数も膨大であるため、十分ではないとの批判も一方であるようだが、理念として賠償内容が以下の(1)~(5)まで目指されていることには、戦争犯罪やジェノサイドも想定されているというICCに特殊な事情があるとはいえ驚かされた。

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(1)心理的支援および医療的支援、(2)教育支援及び収入を生み出すための経済活動の支援、(3)建物の建設または修復、記憶の承継や追悼の活動、(4)コミュニティにおける平和構築および紛争解決の取り組み、(5)損失や被害の認識のサポート(主体性を取り戻せるようにするため)

ウガンダを訪れるTFVと当時のICC所長

 なお、「修復的司法」の文脈でICCの賠償システムを紹介してきたが、「修復的ではなく賠償的正義に基づいていなければならない」とTFVのスタッフが話していたことも付け加えておきたい。共感をもって被害者の声が聞かれるだけではなく、実質的な救済が得られるように尽力しなければならない。より根源的な被害回復を希求する姿勢が「賠償的正義」という言葉で表現されている。

 これは、越智萌さんの『だれが戦争の後片付けをするのか』で「不正を永続させ犯罪の温床となった社会状況を根本的に変えてしまうことを目指す「変革的アプローチ」に位置するものなのかもしれない。「ICCはいま、その変革的正義を実践に移そうとしている」と記述されている[iv]。

越智萌『誰が戦争の後片付けをするのか』(ちくま新書)

受刑者の更生、社会復帰――変革期にある日本が学べるものとは

 ここで改めて日本財団の福田さんの視点に戻ってみたい。日本が学べることは何だろうか。

「ICCは国際的に重大な犯罪を扱う裁判所ということもあって、日本にそのまま応用するというのは難しいかもしれない。ただ、証人保護にあたっている心理士スタッフの人にしても、被害者信託基金のスタッフの人たちにしても、トラウマを負った証人や被害者の心のケアを非常に重視していた。被害者救済を中心に据えたアプローチ、これまで様々な事案を通じて培われてきたソフトスキルというものは、日本で矯正にあたる心理士や刑務官にとって学びになるところが大きいのではないか。教育的なプログラムで何か協働を模索していくことができれば」と未来への手ごたえを感じているようだ。

 ロシア・ウクライナ戦争とイスラエル・パレスチナの紛争という二つの歴史的な戦争犯罪に直面し、今後戦争処理という難題にあたらなければならない国際刑事裁判所(ICC)。設立から20年以上の時を経て着実に積み上げられてきた被害者救済中心の正義の実践から、受刑者の更生や社会復帰が心のケアへも目を向けたものへ大きく舵を切ろうとしている日本が学べるところは大きいのではないだろうか。 


[i] 「「犯罪という現象」から学ぶことのできる社会のあり方を目指して―Restorative Justice(RJ)(回復的・修復的司法)とは何か」 – 立命館大学人間科学研究所

[ii] 映画『プリズン・サークル』公式ホームページ

[iii] 001437235.pdf

[iv] 医療人類学者の大竹裕子さん『いきることでなぜ、魂の傷が癒されるのか 紛争地ルワンダに暮らす人びとの民族誌』(白水社)では、ジェノサイドからルワンダがどう回復したか、国際支援の枠組みからもこぼれ落ちてしまった人々に光をあてて書かれる。

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