日本財団の再犯防止プロジェクト

 官民連携の勉強会を立ち上げ、日本でこの修復的司法のアプローチを司法の現場に広げようと奮闘する一人に日本財団公益事業部部長の福田英夫さんがいる。過去に再犯防止プロジェクトチームを率いた経験がある福田さんは、刑期を終えたあとの受刑者の社会復帰をスムーズで着実なものにするために、「働く」ことを軸に捉え、企業側に働きかけて受け入れ先を増やす「職親プロジェクト」に長年携わってきた。いわば企業と受刑者のマッチングシステムだが、出所した後に再び社会で生活基盤を整えて生きていこうとしても、そこに高いハードルが立ちはだかることが少なくない。再犯を犯して刑務所に戻る人が多いことも指摘されてきたためだ。再発防止を実質的なものとするためにも、就労支援のみならず、さらにその先へ、という思いが強くあるという。

日本財団の福田英夫さん

「日本では高齢者や障害者を含め、50%近い再犯率の高さが問題になっていますが、背景には加害者の更生プログラムが従来的なものに限られているといった問題もあります。そこで、加害者と被害者の対話を可能にする取り組みを模索しながら、被害者支援も加害者の更生のあり方も充実したものへ変えていきたい。

 例えば現在、加害者と被害者のコミュニケーションは刑務官を通じてしかできないのですが、刑務官の教育プログラムを充実させることで、まずは刑務官と加害者の関係に変化がもたらされ、加害者の実質的な更生につなげられるかもしれない。加害者と被害者の直接の対話のみならず、間接的な働きかけも含めた様々な可能性があると思っています」

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開放型刑務所、修復的司法--「北欧の実践に学びたい」

 参考になるのが北欧の事例だ。修復的司法の考え方を取り入れたノルウェーでは、6~7割と高止まりしていた再犯率が約20%まで下がったという。その中には、2010年頃から始まった受刑者の生活の自由度が高い開放型刑務所の取り組みも含まれている。そして福田さんは現在、開放型刑務所の日本での実現に向けた研究会を重ねている。

「北欧にならって日本でもソフト面、ハード面の双方の改革が必要でしょう。日本では今年の6月から明治以来の懲役刑と禁錮刑が廃止され、拘禁刑という新たな刑が創設されました。これは受刑者の更生と社会復帰のあり方を再考する大きな見直しです。矯正についても従来の画一的な「作業」を課すというあり方から脱却して、受刑者の様々な背景、特性に合わせ、カウンセリングや教育も含めて充実させていこうという機運にあります。それが結果的に再犯を防ぎ、被害者を減らすことにもつながっていく」

 2023年10月から、日本全国の刑務所ではすでに「オープンダイアローグ(開かれた対話)」の手法を取り入れた実践が始まっている。[iii]オープンダイアローグとは、もともとはフィンランドのラップランド地方にある病院で行われていた、統合失調症患者のケアの技法だ。患者と家族、専門家チームがチームとなり、患者の声に耳を傾ける「開かれた対話」を実践するというシンプルなものだが、この実践によって患者の精神病が回復に向かい、発症率の低下が見られたという(オープンダイアローグという静かなる革命 | 斎藤 環 | 文藝春秋PLUS)。

斎藤環著・編『オープン・ダイアローグとは何か』(医学書院)

 受刑者が自身の罪を客観的に見つめ直すために、刑務所でもこの技法が応用され始めたのだ。そこでは刑務官が受刑者の声を対等な立場で聞き、更生への意欲を高めることが目指されている。

「被害者のニーズに合った賠償」を追求する ICC「被害者信託基金(TFV)」の取り組み

 福田さんがまず目指すのは、加害者の更生のあり方をアップデートするために心理士や刑務官といった、加害者と被害者を取り巻く人々の教育を充実させることだ。そのために近年、ノルウェーやスウェーデンといった北欧の国々に学び、協働の教育プログラムを模索してきた。さらに今回、ICCにおける修復的司法の実践にも学び、協働できるところがあるのではないか、「日本にも持ち帰れるものがあるのではないか」と視察に訪れたのだ。

 ICCのセッション2日目の「被害者信託基金(TFV)」というファンドの取り組みは「被害者支援の観点からも学ぶところが多かった」と福田さんも言う。#前篇で、このファンドは支払い能力がないことの多い被告人の肩代わりをし、膨大な数に及ぶ被害者に賠償を可能にし、損害回復を目指して創設された取り組みであることに触れたが、「賠償は被害者のニーズに合ったものでなければならない。彼らに起きたことが今後再び起きることがないよう、(犯罪で被害を受けた家族の構成員の)世代を超えた被害をも含む賠償でなければならない」とのメッセージがTFVの職員からは語られた。被害者の救済が何より中心にあるのだ。

 では「被害者のニーズに合った賠償」とはどのようなものだろうか。どの範囲までを損害と捉えて賠償でカバーされるのだろうか? TFVの賠償プログラムが実施された具体的な事例をここで一つ見てみたいが、興味深いのは物理的被害のみならず、トラウマに配慮した心理的被害からの回復、尊厳の回復も大切なものとして捉えられていたことだ。