小6で父親からレイプ被害に

 小学校6年生の時、ついに父親から挿入を伴うレイプの被害にあった。その時も隣に母親が座っていたが、笑っているだけだった。

「よく『母親はずっと一緒にいるんでしょ』『どうして助けてくれなかったの』と聞かれますが、母親は家出と蒸発を繰り返していたので、常にいるわけではありませんでした。それでも母親は現状を知っていたのに、助けてくれなかった」

 

 母親もDVを受けており、「助けると自分がやられちゃう」と思っていたのかもしれない、と塚原さんは分析する。現在も母親とLINEでやり取りはできるが、「許したくない気持ちと、母親の状況ではしょうがなかったと許したい気持ちと、いまだに葛藤があります」。

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 中学3年生の受験の頃には、父親と母親が性交渉している場に呼ばれ、「服を脱げ」「母親の上にのっかれ」「母親の胸をなめろ」と指示された。嫌だと言っても強制され、この時も母親は笑ってごまかすだけだった。

暴力を受け続けると「笑う」が防衛本能になる

「いろんな媒体でお話しさせてもらっていますが、よく『どうして笑って喋れるの』と指摘されます」と塚原さんは言う。

「暴力を受けることが継続していると、笑うことが防衛本能になるんです。感情の出し方がすごく下手くそになって、笑っちゃいけない場面でも笑ってしまったりする。母親も多分そういう類だったんじゃないかと思います」

 

 被害者は泣いていなきゃいけない、暗くなくてはいけないという固定観念があるが、「被害者だって笑いもするし、冗談だって言う。そういうことが、どうしてしちゃいけないの」と塚原さんは訴える。

「3年で出てきちゃうけど仕返しとか大丈夫?」という警察

 山口から東京に引っ越した後、塚原さんは警視庁に駆け込んだ。しかし警察は「お父さんは逮捕できても3年で出てきちゃうけど、仕返しとか大丈夫?」と聞いてきた。塚原さんが「怖いです」と答えると、父親は性虐待を認めたにも関わらず逮捕されなかった。

 自立援助ホームに入った後も、父親はホームに連れ戻しに来る。車中泊をしながら施設の前で待機していた。本来守ってくれるはずの児童相談所の担当者が、塚原さんが居場所を教えないでほしいと警察に答申書を出していたにも関わらず、父親に教えてしまった。

「子供って、助けを求める時は『これが最後のチャンス』と思いながら助けを求めるんです。そこで加害者をしっかり逮捕なり隔離なりして子供の身を守るのが警察や施設の役目だと思います。じゃないと子供は諦めてしまう」