『Red』での“性愛”描写→『架空OL日記』のギャップ

 そうして30代を目前に控えた2020年、主演映画『Red』が公開された。これは俳優・夏帆について語るうえで外せない作品である。ここで描かれるのは、ひとりの女性の性愛にまつわる物語。『きばいやんせ! 私』や『ブルーアワーにぶっ飛ばす』から一転、夏帆はシリアスなトーンの演技に徹し、かつての瑞々しさとは対極にある自身の俳優像を打ち立てた。ひとりの演技者として覚醒した。そう強く筆者は思ったものである。

 この直後に『劇場版 架空OL日記』が封切られたのもよかった。バカリズムが描く女性たちのユニークで軽妙なやり取りを的確に体現し、『Red』とは対照的な演技によって、硬軟自在な演技者であると示すことに成功したのだ。ここで新たなファンを獲得したのではないだろうか。

 いい感じに肩の力の抜けた演技は、等身大で、その存在は画面の向こう側にありながら、友人と一緒に過ごしている感覚になる。『ブラッシュアップライフ』も然りだ。物語を追っているうちに、おしゃべりをしている感覚になってくる。こう感じているのは筆者だけではないだろう。

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 “物語の中の人”から、“私たちの友人”へ──俳優・夏帆は堅実にキャリアを重ねる中で、そのような存在へと変化していった。

(左から)夏帆、青木柚(『じゃあ、あんたが作ってみろよ』公式Instagramより)

「共感できるキャラ」を成立させる演技力

 2022年に放送されたドラマ『silent』は社会現象を巻き起こしたが、これは物語の魅力もさることながら、“第2のヒロイン”のポジションを担った夏帆が視聴者の共感力を刺激したからだと思う。演じたのは聴覚に障害を抱える桃野奈々というキャラクター。手話や表情といった身体的なアプローチをはじめ、その表現の深度が並々ならぬものであったのは言わずもがなである。

 現在の夏帆が『じゃあ、あんたが作ってみろよ』で放っている魅力は、この作品で急に生まれたものではない。さまざまなテイストの作品、いろいろなタイプのキャラクターを経てきた俳優としての軌跡によって生まれたものだ。

 筆者は男性だが、夏帆の体現するキャラクターに対して一緒になってモヤったり、落ち込んだり、朗らかな気持ちになったりしている。こちらの共感力を刺激してくるのである。いま再び、俳優・夏帆の時代がやってこようとしている。いや、すでにやってきている。友人とのおしゃべりは続いていく。

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