2000年代後半に訪れた、1度目の“夏帆の時代”

 夏帆という俳優のキャリアをどう捉えるかは人それぞれだろう。しかし、筆者と同じく平成初期に生まれたエンターテインメント・ファンならば、彼女が10代の頃に1度目の“夏帆の時代”があったはずだと断言するに違いない。2007年から2009年にかけて主役ポジションを担った映画やドラマが続々と世に放たれたのだ。

 青春恋愛映画の傑作『天然コケッコー』(2007年)でのあの瑞々しい演技に、誰もが魅了されたもの。この作品で夏帆に出会った人も多いのではないだろうか。公開から20年近くが経っても、あのときの印象は色褪せることがない。

 そしてこれに続くかたちで、『東京少女』『うた魂♪』『砂時計』といった映画作品や、『赤川次郎ミステリー 4姉妹探偵団』(ABC・テレビ朝日系)に『オトメン(乙男)』(フジテレビ系)などのドラマ作品が登場。劇場にもお茶の間にも夏帆がいる──そんな状態だった。

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 そんな状態であっても、決して供給過多にはならなかった。飽きることがなかった。『天然コケッコー』で私たちを魅了したあの瑞々しさが、長く持続していたからだと思う。

(左から)竹内涼真、夏帆(『じゃあ、あんたが作ってみろよ』公式Instagramより)

“清純派”からの脱却…日本を代表する俳優に

 とはいうものの、いつまでも清純派ではいられない。

 20代に入ってから出演した映画『箱入り息子の恋』で夏帆は、目の不自由なヒロインを演じた。これもまたチャーミングな恋愛映画であり、『天然コケッコー』ぶりに夏帆の演技に筆者は深く引き込まれたものだ。けれどもそこにはもう新人時代のあの瑞々しさはなくて、あるのは演技者としての誠実な姿勢とたしかな技術だった。役の設定上、高い表現力が求められるのだろうと、たとえ演技経験がなくともそのように感じる人は多いだろう。

 そして、是枝裕和監督による『海街diary』で綾瀬はるか、長澤まさみ、広瀬すずらとともに4姉妹を演じ、カンヌ国際映画祭へ。日本を代表する女性俳優のひとりだと証明してみせた。さらに、主演を務めた黒沢清監督作『予兆 散歩する侵略者 劇場版』がベルリン国際映画祭へ。ここで多くの映画ファンにとっても一目置く存在になっただろう。

 やがて30代へ向かう過程において、『きばいやんせ! 私』と『ブルーアワーにぶっ飛ばす』という2本の映画で主演。コミカルに振り切った演技は、新たな“夏帆の時代”の到来を予感させるものだった。