「7回終わるまでにリードしてたら、みかん氷だよ」。まだ野球に興味がなかった頃の長男をハマスタに誘い出すための、それはゲームだった。7回までリードしてたら、みかん氷買ってあげる。そう決めてから明らかに応援の熱量が変わった。選手を覚え、応援歌を口ずさみ、チャンテを叫んだ。
「試合に勝ったら」ではなく「7回までリードしてたら」というのは、長年ベイスターズファンやってる私の精一杯の思いやり。それでもみかん氷への道は険しく、「7回終わるまでにリードしてたら」が「7回終わるまでに同点だったら」になり、いつしか「7回終わるまでに2点差以内だったら」になっていた。それでも食べられなくて、なんだかわからない罪の意識に襲われては「今日は特別ルールです」と意味なく買い与えてしまう。育児なんていつもブレブレだ。
中二になった息子との久々の野球観戦
「みかん氷チャンスやる?」。2018年8月1日。友人に頼んでようやく手に入れたスターナイトのチケットで、久しぶりに長男とハマスタに来た。中二の長男は野球部に所属して来る日も来る日も練習に明け暮れている。私も長男もそこそこ忙しくなり、一緒にハマスタに来ることもほとんどなくなっていた。あの日、小さな汗ばんだ手を握りしめながら上ったスタンドへの階段。今は、前をずんずん行ってしまう子どもの背中を見ながら一人で上る。久しぶりのみかん氷チャンスを提案した私に、「やらないよ」とスマホを見ながら素っ気なく答えた。
中二に拒否されたみかん氷チャンスは、ベイスターズの大敗により結局幻と消えた。驚くほど淡々と試合は進み、淡々と凡退し、淡々と失点し、淡々と自虐のVTRが流れ、淡々と花火が上がった。特に悔しがる風でもなく「負けたな」と長男は言った。エレラが鈴木尚広にサヨナラ打たれて、泣いていた長男が。みかん氷も欲しがらず、スマホばかり見て、プレミアチケットなんだぞ、これか、これが思春期というものなのか。負けたことよりも、味のないガムを噛むような試合内容と、あっさりすぎる長男の態度にだんだん腹が立ってきた。
「ベンチが元気ないんだよな」と長男。「意外と聞こえるんだよ、打席に立ってるとき、ベンチの声って」大宮行きの京浜東北線の中で、ポツリと言う。「なんとしてでも塁に出ようという気持ちが見えないっていうかさ、ただ打って凡退してる感じする」。
なんかお前……えらそうだな。「なんで最近勝てないと思う?」と自分から話を振ったくせに、心の中で呟いた。でも確かに……このモヤモヤした気持ちはなんなんだろうね。勝っても負けても、心に何らかの爪痕を残していくのがベイスターズ。その爪痕がいつしか一生消えない痣になる恐ろしいチームベイスターズ。でもここ最近のベイスターズは、爪痕どころか、心にほとんど触れてこようとはしなかった。それが一番のモヤモヤだった。
序盤ですぐに「今日は無理」と諦めてしまう私に「ママは未来がわかるの?」「俺は絶対に諦めない」とテレビに向かって必死に応援していた幼い長男のカン高い声と、今スマホを見ながら精一杯クールにチームを語ろうとする低い声が頭の中で重なった。大人になる前の、大人の振りする季節、思春期。こういう「冷静に周囲見てます」感、あったよな私にも。足掻いたり、もがいたりするのダサいって、熱くなるのかっこ悪いって、全部わかった顔して。そうか、思春期か。