兄を追い詰める母の憎しみと虚言

 そう認識される原因といえる、兄弟の母も癖の強い人物だ。彼女のジーハンに対する母親とは思えない憎しみの度合いの強さ。彼女はクラブの歌手をしており、現在は交際相手から求婚もされている。しかしジーハンが少年刑務所に入っていることは隠し、医者になるためアメリカに留学中だと嘘をついている。いかにもすぐにメッキの剥がれそうな危うい嘘だが、それもあってジーハンの出所を疎ましく思っているところもある。出所後のジーハンは母と交際相手の両家族の顔合わせの食事会で、母の虚言に合わせて流暢に嘘を並べ立てる。それは母の結婚の助けにはなるかもしれないが、平然として嘘を滔々と語る兄に対して、ジージエはどこか居心地の悪い薄気味悪さを感じる。

© Potocol_Flash Forward Entertainment_Harine Films_Elysiüm Ciné

 ジージエは母の求婚相手に対して、「母自身の口から兄の真実を聞いて下さい」と促す。求婚相手はさっそく母に事実を尋ね、「何があっても愛情は変わらない」と言うのだが、母は黙って婚約指輪を返してしまう。この母親の怖ろしく頑なな思い込みが、ジーハンの更生を許さず追い詰めたとも言えるだろう。

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 ジージエの中でも兄の二面性は割り切り難く、そういったジージエの戸惑いが不信に振り切れた時、兄の刺殺事件は事故ではなく故意だったという思い込みに変わり、「兄ちゃんは人殺しだ」という言葉を言わせてしまう。それが思いがけずジーハンを狂わせ、惨劇を生む。このラストの騒然としたシーンで起こる悲劇も珍しい武器で行われるものだ。また最後も安易に終わらずまだどんでん返しがあるので、兄弟の繊細に動く感情を終わりまで見守ってほしい。

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『ピアス 刺心』
監督・脚本:ネリシア・ロウ/出演:リウ・シウフー、ツァオ・ヨウニン、ディン・ニン/2024年/シンガポール、台湾、ポーランド/106分/原題:刺心切骨/配給:インターフィルム/© Potocol_Flash Forward Entertainment_Harine Films_Elysiüm Ciné/2025年12月5日(金) より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー

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