マイケル・キートンはつねに、少しだけ誇張されすぎた役を演じる。キートンは誇張された役に生命を与えるプロフェッショナルである。キートンならば漫画映画の主人公を血肉の通った存在として感じさせることができるのだ。いまだに彼こそが最高のバットマン俳優だという声は尽きない。
属性盛りすぎの役で発揮される繊細な感情表現
マイケル・キートンが本作で選んだ役はジョン・ノックス、元陸軍偵察部隊の将校として数々の殊勲をあげた戦闘のプロでありながら、大学で教鞭をとっていたこともあるインテリで、かつ殺し屋稼業に身を置く男。こんな属性盛りすぎの役、マイケル・キートンでもなければ一笑に付されて終わりだろう。キートンはスターとしてのオーラを使って力技で納得させるのではなく、繊細な感情表現でこちらを懐柔するのだ。
ノックスには家族もいたが、殺し屋稼業がバレて妻とは離婚、息子とはほぼ絶縁状態。週に一度呼ぶ売春婦と、体だけでなく心もひそやかに通わせている。だが、寄る年波には勝てず、物忘れがひどくなってきたことに不安を覚えて専門医にかかる。するとまさかの診断がくだる。ノックスはアルツハイマーなどではなく治療法のないクロイツフェルト-ヤコブ病であり、あと数週間ですべての記憶が消えるというのだ。ショックを受けながらも、ノックスは自分の「終活」に手をつける……。
ここまでが設定である。ドラマがはじまるまでにこれまでの設定が盛りこまれているのだが、事件が起こると、それぞれに過去を持った登場人物が次々に登場する。いささか盛りこみすぎではないか、とさえ思われる脚本を書いたのはグレゴリー・ポイリアー。これまでにジャッキー・チェンの『ダブル・ミッション』(10年)やピーター・ハイアムズ監督の『サウンド・オブ・サンダー』(05年)などを手掛けている。彼の仕事に惚れこんだマイケル・キートンは、自身2本目の映画監督作品として、この脚本を選んだのである。

