「久米ちゃん」は「久米さん」に変わっちゃった

 ただね、久米ちゃんとは番組中以外で全く口を利かなかった。雑談もしたことがない。彼はオンとオフがはっきりしているタイプで、自分の決めた司会者のイメージをしっかり作り上げていた。

 クイズ番組だと、どうしても雑談の中で演者は解答のヒントになるようなことを聞き出す場合もあるけど、そんなの一切なかった。彼はプロでした。

 肺がんで亡くなったと聞きましたけど、「ぴったしカン・カン」で休憩中もタバコを吸っていた姿なんて一度も見たことなかったよ。俺なんてしょっちゅうタバコを吸っていたのに(笑)。

ADVERTISEMENT

萩本欽一 ©︎文藝春秋

「ぴったしカン・カン」の司会を辞めた後、久米ちゃんは報道番組のキャスターやり始めて、バラエティーからニュースの人になった。それで俺の中で、「久米ちゃん」は「久米さん」に変わっちゃった(笑)。

◇ ◇ ◇

 1985年に「ニュースステーション」が始まると、キャスターに就任した久米さんと萩本の交流は途絶えてしまう。ところが2011年、2人はおよそ四半世紀ぶりに再会を果たす。その理由とは? 「読み合いが多い間柄だった」という2人の関係性や思い出を萩本が振り返ったインタビューの全文は、現在配信中の「週刊文春 電子版」で読むことができる。

文春リークス

あなたの目の前で起きた事件を募集!

情報を提供する
次のページ 写真ページはこちら